■ ごめん、お待たせ

「万騎長シャプール殿!!!」

その叫びに私は背筋が冷えるのを感じた。

遠すぎる。
ここからでは跳べない。

「もしアスラ殿、どうされた瞳孔が開いておるぞ」

私は声を出さなかった。

出なかった。

遠目からでも重傷だとわかる。

生きているのか。
あの出血だと死んでいる可能性もある。

身体付きは全然違うが、面影は残っているように思う。

ガラガラと馬車が進む。

その上にいるのはシャプールを除けば馭者と黒衣の小男。

その小男が声を張り上げた。

「きけ!城中の神を恐れぬ異教徒どもよ」

小男はにやりと笑う。

その顔にぞくりとした。

「わしは唯一絶対の神、イアルダボートにお仕えする聖職者。大司教にして異端審問官たるボダンだ!!」

ボタン、あの男が、あいつがシャプールを。

ぎりぎりと歯がなる。

バカな頭で考える。

どうやってこの注目の中シャプールを助ければいい。

しかも魔法とバレずに。

私が頭を働かせていると、シャプールの声がかすかに聞こえてきた。

「さっさと殺せ。貴様らの神などに救われるくらいなら俺は地獄でもどこへでも行ってやる」

懐かしいシャプールの声。

しかし懐かしむ暇などない。

「アスラ殿、あのシャプール殿とお知り合いか」

ギーヴの声に頷く。

『家族だよ』

嘘ではない。
私にとっては家族そのものだ。

ギーヴはそれを間違って解釈したらしい。

「好きな者があのような野蛮な奴らの手にかかっていること、さぞかし胸をお痛めでしょうな」

ギーヴの言葉を無視する。

「そしてそこから貴様らの神と国とがおのれら自身の残酷さに食い殺されるのを見届けてやるわ!」

シャプールは相手を挑発する。

小男、ボダンはシャプールを殴った。

ピシッと屋根にヒビが入る。

足に力を入れすぎてしまったようだ。

しかしそれを考える余裕はなかった。

シャプールの頬から血しぶきがとぶ。

もうダメだ。

自分を抑えられないのが分かった。

肩で息をし、自分を諌める。

まだだ、まだ早い。

シャプールが叫んだ。

「エクバターナの人々よ!俺のことを思ってくれるなら俺を矢で射殺してくれ!どうせ俺は助からぬ、蛮人共になぶり殺されるより、味方の矢で死にたい!」

城壁から矢が放たれる。

パルス兵達は一斉に矢を放つが、それが届かないギリギリの位置に馬車は止まっている。

横のギーヴが黙って矢を構えた。

私はボダンが笑い声を上げ、こちらに挑発を始めた瞬間に屋根を蹴った。

ばきっと音が聞こえ、屋根の一部が崩れ落ちる音を聞きながら私は一直線に屋根から跳んだ。

「あれは!!」

「何者だ!」

城壁からその様な声が聞こえる。

しかし私の目の前に写るのはシャプールのみ。

地面に下り立つとレラージュを発動させた。

今の私は一陣の風だ。

おそらく常人には見えない。

私はシャプールの腿に剣を突き刺す二人の馭者の首をはねた。

おそらくボダンは驚いただろう。

一瞬の間にお供の首が地面に落ちたのだから。

私はそのまま剣でシャプールの首、足、手の革紐を切った。

「貴様、何をやっている!!」

すべてが終わった時、ボダンは喚いた。

私はボダンの首をはねようとする。

そのときだった。

ひゅんと風を切る音。

シャプールの眼前に迫る一本の矢。

私はボダンへの攻撃をやめ、咄嗟に左腕をシャプールの額にかざした。

強烈な痛みが左腕に走る。

矢は私の腕を貫通していた。

シャプールは呻いた。

「お、お前……は」

私は刺さった矢をそのままに、シャプールを担ぐと全力で跳んだ。

空中でシャプールは血を吐く。

私の服に鮮血が飛び散る。

おそらくシャプールは今何が起こっているかも分かっていない。

そしてもう一度跳んだ。

先ほどの崩れた屋根の上にたどり着く。

レラージュを解除する。

屋根の近くに集まるパルス兵。

私は剣をしまうと屋根の下に下りた。

ギーヴが急いで駆け寄ってきた。

「お、お主何者だ」

『うるさいな、今はシャプールだよ』

困惑するパルス兵にシャプールを託した。

パルス兵は私とギーヴに話しかけてきた。

しかし私はシャプールばかり見ていた。

右の脇腹から溢れ出る血。

私と同じ位置だ。

私は必死にシャプールの傷を抑えた。

血の出た量が多すぎる。

私は痛む左腕を気にせずシャプールに呼びかけた。

「は、はやくシャプール殿を王宮へ!!」

「手当を急ぐのだ!」

シャプールは王宮の奥に運ばれた。

私はそちらを眺めるが、少し疲れていた。

レラージュはやはり体力を使う。

「人間技ではありませぬぞ、アスラ殿」

ここで何かを話すべきではないと思う。

先ほど話しかけてきたパルス兵は王妃の使いだという。

シャプールを救おうとしたギーヴと私を王宮に迎えるという。

私は断った。

恩賞なんていらない。

「シャプール殿も王宮にいる。お主のその矢傷のことを考えると共に行くのが懸命だな」

ギーヴの言葉は最もだ。

『君が放った矢は良かったよ』

そう言って私は布で二の腕部分を縛る。

そして右手で一気に刺さった矢を引き抜いた。

血が噴き出すが、すぐにそれは止まった。

止血しているため、これ以上血は流さないだろう。

エラムから貰っていた、傷に効く薬草を塗りこみ、その上から布を巻いておく。

ギーヴは声を上げた。

「シャプール殿を助けようと思ってのことなのですが、お主には必要なかったようだ。本当に申しわけないことをした」

パルス兵に連れられて私たちは王宮へと歩いた。



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