■ やあ、食事にしよう

横で聞いていたエラムはぽかんとしている。

「私も万騎長シャプール様のことは存じておりまする。厚い忠誠心を持つ騎士だと」

その言葉の中には、だからシャプール様の言うことは事実に違いないという意味が暗に含まれている。

「お前がそのアスラというのか」

『一応、すべて本当のことだよ。信じるかは知らないけどね』

私は胸元に光るペンダントを取り外した。

『ナルサス、この宝石に見覚えはあるかな』

ナルサスはふっと笑う。

「シャプール殿の髪飾りと同じ、だろう?」

私を見つめる瞳には曇りはない。

ナルサスは信じているようだ。

エラムを見るとまだ少し迷いが見える。

しかしナルサスが信じたと思ったらしく、軽くため息をつくと信じます、と呟いた。

エラムはすっと立ち上がると、他の部屋に移動した。

不思議そうにそれを見ていると、食事の用意だとナルサスが教えてくれた。

私は取り外したペンダントをじっと見つめる。

そして気づいた。

『あれ、これ』

ナルサスは手元のペンダントを覗き見る。

「それは、八芒星とお見受けするが」

このパルス王国にも八芒星は存在するのか。

私は驚いた。

聞くところによると、魔法は一応存在するらしい。

しかし知るものはほんの一握り、さらに使えるものはもっと少ないという。

「アスラ殿は魔法が使えるとお聞きした」

シャプール情報かなと思い苦笑する。

『魔法というか、魔法が使える武器を持ってるってくらいだけどね』

そう言って私は剣、簪、腕輪を並べる。

そして疑問に思いながらペンダントを横に置いた。

「全てに八芒星がある。剣には二つか」

ナルサスは眉を寄せる。

そして私の目を見つめる。

「お主の耳飾りは違うのか」

私はその耳飾りを取り外す。

これは、紅明から貰ったもの。

煌帝国を思い出すが、今はおかれた状況を確認するべきだと思った。

『いや、これはただの』
耳飾りですよ。

そう言いかけてやめた。

飾りの部分に明らかに八芒星が刻まれていた。

「お主の知らぬ魔法武器が存在したということか」

私は唇を噛んだ。

全く気づかなかった私はやはりバカだ。

おそらく二人を守るときに発動していたのだろう。

剣に宿るアシュタロスとアガレス、簪のヴィネア、腕輪のレラージュの説明を始めた。

シャプールの知り合いであるナルサスには話してもいいと思った。

「ほう!それは興味深い、あとで見せてはもらえぬか」

私は頷いた。

『この耳飾りとペンダントも試したいな』

ナルサスは興味津々だ。

自分の知らない知識を貪欲に取り込もうとするその姿勢。

私は紅炎を思い出さずにはいられなかった。

「ナルサス様、料理ができました」

エラムは絨毯に料理を運ぶ。

これは鶏肉の串だろうか。

見たことのないものばかりが並び、ここは異世界なのだと改めて思った。

不安に思いながらその串に手を伸ばす。

『美味しい』

口から自然に言葉が零れでた。

『美味しいよ……』

ひたすら食べ続けた。

目からこぼれる液体が涙だとは考えたくなかった。

紅炎に会えない。
紅明に会えない。
紅覇に紅玉に。

ぽろぽろと零れでるそれを拭うこともしなかった。

一心不乱に咀嚼し続ける。

その間、ナルサスとエラムは何も話さなかった。

それが私には何よりも嬉しかった。



エラムが扉を開く音が聞こえる。

そのときには私の涙は止まっていた。

「アスラ殿、服を買ってまいりました。お着替えください」

そういい、布を手渡してくる。

私はそれを受けとって、その場で着替えた。

元々薄着な戦闘服を脱ぎ、肌に巻いていた包帯とさらしの上からそれを着る。

「アスラ、これを頭に」

その服には被り物がついていた。

「お主の髪は目立つ。移動時はこれを被るといい」

ナルサスの好意に感謝した。

やっと落ち着いた私はエラムとナルサスに対して笑いかける。

『ありがとう、二人とも』

ナルサスはふっと笑う。

エラムは少し恥ずかしそうだ。

『あと私に殿と使うことはないよ。気軽に話して欲しいな』

ナルサスは困ったように笑った。

「アスラ、だな。シャプールが言っていたとおり不遜な言葉遣いだ」

ナルサスの言葉は不思議と貶しているようには聞こえなかった。

「シャプール様の保護者代わりであったと申されていましたが、私も対等でよろしいのでしょうか」

ナルサスに尋ねるエラム。

好きにするといい、と目を伏せた。


まもなく日が沈む。

私はナルサスに提案した。

『眷属器、あ、魔法武器のことだけど、今試してもいいかな』

ナルサスは待っていたとばかりに目を輝かせた。

「もちろんだとも!」

エラムも来いと調理場にいたエラムを呼び、私たちは裏山へと足を運んだ。

「ナルサス様、これから何をするというのですか」

調理を中断されたエラムは少し不機嫌だ。

逆にナルサスは上機嫌。

『今から眷属器を試したいんだけど、エラムは相手になってくれるかな』

私は剣をスラリと抜く。

エラムはきっと気に引き締めた。

「私は短剣と弓が主だが、いいのか」

エラムは私と対等になることを選んだようだ。

『もちろん』

「お主、戦闘民族と聞いたがそれはどういうものだ」

ナルサスは笑って尋ねる。

シャプールはかなりナルサスに喋ったらしい。

『えっと、髪が赤い』

沈黙。

『あ、身体能力が高い』

それを聞きたかったのだ、と頭をかかえられる。

「程度は」

『ここからナルサスとエラムを抱えて木の上まで跳べるかな』

エラムは笑った。

「冗談を」

「ふむ、私はともかくエラムを抱えてやってみてはくれぬか」

「ナルサス様!?」

主人に無理を言われた侍童は目を見開いた。

エラムに了解をえると、私は片手でエラムを抱えた。

女に抱えられたことがないのか、エラムは少し身を固くする。

普通はないよね。

『よっと』

足に力を入れると地面がべキッと音を立てる。

そして勢いよく飛び上がった。

「うわあ!!」

エラムは私の服を握る。

『高いところは気持ちいいよね、そう思うだろう』

エラムに尋ねるが返答はない。

森を抜けて、下りる時に遠くの景色を眺め見た。

黒い煙に包まれる平地が見える。

大きな城壁が見え、その奥には赤い軍団と青い軍団。
青い軍団が押しているようだ。

『あれは』

そして下りる。

すたっと勢いを殺して着地すると、エラムは震えていた。

「ナルサス様…」

すぐにエラムを地上に下ろす。

「いやすごいな!お主は!!」

ナルサスはきらきらした笑顔でこちらに近寄る。

私は先ほど上空で見えた景色を尋ねた。

『ナルサス、あちらの方向に火の手が見えたんだけどさ、なにかあってるよね』

ナルサスは急に顔を暗くした。

「アトロパテネの大戦だ」

やっぱり戦ね。

私は顔を暗くした。

「お主の探しているシャプール殿もあの大戦に参加している」

私はぱっとナルサスを見た。

しかしナルサスは笑った。

「アンドラゴラス三世の統治するパルス軍は負けることは無い。シャプール殿は万騎長だ。負けることはなかろう」

私は少し眉を寄せた。

『平地は青い軍団が覆っていたよ』

ナルサスは目を見開いた。

「いや、まさか」

『赤はあんまりいなかったかな』

ナルサスの表情でわかった。

パルス軍というのは赤いほうだろう。

敵国がどこかは知らないが、青い軍団だ。

「無敵のパルス軍が、負ける」

『私、行ってくるよ。17歳のシャプールを助けに行く』

ナルサスは待て、と私を止めた。

「お主に言うのを忘れていた。シャプール殿の年齢は36だぞ」

私の思考が固まったのは言うまでもない。




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