■ 少年、ここはどこ

私は槍をくらったはず。

でも、なんで私は民家にいる?

「誰だ!貴様!!」

少年が私に向けて弓を構える。

いつもなら素早く反応し、それを防ごうと構えるが、今はそんな場合ではない。

茶髪の少年はぎりぎりと弓を引く。

『ち、ちょって待って、よく分からないんだけどさ。私なんでここにいるのかな』

一応剣から手を離し、手を上げる。

少年はなおも弓を構える。

「こちらの台詞だ!答えろ!何故ナルサス様のお住まいに侵入した!」

『だからさぁ』

私が少年を諭そうとした時だった。

「待てエラム」

涼やかな声が部屋に響いた。

その方向を見る。

白い髪を優雅に横に流した青年が現れた。

歳はほぼ変わらないだろう。

「ナルサス様!しかし」

「お主、怪我をしておるな」

「えっ」

ナルサスと呼ばれた青年は私の元にしゃがみ込む。

そういえば槍を食らったんだった。

貫通はしていないはずだ。

していたら今頃生きてはいないだろう。

『えっと、ナルサス?ここってどこかな』

エラムと呼ばれた少年よりはよっぽど話せると思う。

「ナルサス様とお呼びしろ!」

そう言って弓を構えるエラムを諭すナルサス。

「お主、もしや異界人か」

私は目を見開いた。

こちらでは良くあることなのだろうか。

『この国の名前を教えてくれれば、わかると思うよ』

私は体を起こした。

弓を構えるエラムに弓を下ろさせる。

「パルス王国、これがこの国の名だ」

ああ、やはり。

私は俯いた。

『そうだよ、私は異界から来た』

ナルサスは眉をひそめる。

「まずは治療しよう。エラム」

エラムはナルサスの命令にしぶしぶ従う。

背中からは少し血が滲んでいる。

槍は掠った程度だったようだ。

エラムはテキパキと背中に包帯を巻いていく。

『ありがとう、エラム』

エラムは少し嫌そうな顔をする。

「ナルサス様、この侵入者が異界人だと本当にお思いですか。下手な泥棒の言い訳かもしれない」

ナルサスは私の服を見る。

「この服はここの地方のものではない。絹の国ならばあるかもしれないが、なぜ絹の国の者がこのような山奥に来るのだ」

エラムは言い返せないようだった。

ナルサスの言ったことは全て的を得ていた。

紅炎、私はあなたを守ると言ったのに。

それさえも果たせないのか。

「異界人が見つかるとまずい、エラム、悪いが村へ降りて成人女性の服を購入してくれぬか」

私は顔を上げた。
びくりとするエラム。

『エラム、男のものでいいよ』

着替えなければならないというのは、兄弟のときもそうだったから分かる。

この国では女が戦うことはあまりないようだ。

それならば男装をしている方が都合がいい。

「お主がどの国から来たかは知らんが、面白いじゃないか。この家で過ごすことを許そう」

ナルサスはふっと笑う。

その表情を驚いて見つめる。

『ナルサスは私を疑わないんだね』

「エラムが疑っている、それで十分だ」

ナルサスはエラムに私の調度品を買ってくるように頼んだ。

エラムはしぶしぶ頷く。

警戒心は解けていない。

当然だ、急に家の中に変な女が現れたのだから。

ゆっくりと立ちたがると私は剣を鞘に戻した。

「お主はもしや、煌帝国という国から来たのではないか」

私は目を見開いた。

なんでその国の名を知っている?

もしかしてここは異世界ではないのか?

煌帝国が持っていない地図にパルス王国は描かれていたのではないか?

私のその考えは打ち破られた。

「シャプール殿から聞いたのだ」

ふっと楽しげに笑うナルサス。

『シャプールは、この世界にいるの』

「当然だ」

ナルサスは私に布を渡す。

目には少し涙が浮かんでいたようだ。

良かった、無事で帰れて良かった。

「シャプール殿の話を聞きたいか、アスラ殿」

名前を呼ばれ、また驚く。

なんで。

ナルサスはふっと笑った。
頭の中にはシャプールとの会話が浮かんでいた。



「お主がアンドラゴラス三世の逆鱗に触れたナルサス卿か」

「お主はシャプール殿。万騎長であるお方がこの奇人になにか御用か」

「お主が奇人であると聞いて、少し話してみたいと思ったのだ」

奇人というところに触れられ、不思議そうに笑うナルサス。

いままで自分に奇人だからと言って話しかけてくる人は少なかった。

珍しい御人もいたものだ。

二人は王宮の庭を歩く。

「お主、異世界があると言って信じるか」

ナルサスは目を丸くした。

「さあ、私が見たことがないものはこの世に星の数ほどもある故、信じようも何もありませぬな」

シャプールは笑った。

「俺は異世界に行ったことがある。どうだ」

ナルサスは苦笑した。

「真面目で知られるシャプール殿がそのような顔でおっしゃるとは、信じるしか有りませぬな」

シャプールは嬉しそうに笑った。

「俺が17のころ、弟であるイスファーンとともに村が襲われてな。逃げていたらいつの間にか異世界にいたのだ」

「ほう、それは興味深い」

「煌帝国という国だった。その王宮仕えをする女戦士の住まいにいたのだ」

ナルサスはシャプールの目を見た。
奇人とはいえ、ナルサスは異世界を信じようとはしなかった。

しかしシャプールの言葉と熱のこもった目をみてその考えは改まってしまった。

「その女性の名はアスラ。戦闘民族だと言っていた」

それからシャプールはアスラとの思い出を嬉しそうに語った。

アスラは柘榴色の髪と目をしている。
どうしようもないバカである。
お揃いの宝石を買った。
アスラの子供だと思われた。
修行をした。
魔法を見た。
桃という果実を食べた。

そしてアスラが大怪我を負った。

「俺はどうしていいか分からなかった。右の脇に残る熱傷がまだ脳裏に焼きついている」

「して、その女性はどうなったのですか」

「分からぬのだ」

ナルサスは呆気にとられた。
これではただの空想話ではないか。

「アスラが目覚める前には、俺達はこのパルス王国に戻ってしまっていた」

「どうやって」

「それも分からぬ。ただ俺が分かるのはその異世界は本当にあったということだけなのだ」

そう言ってシャプールは髪を纏める飾りを示した。

深赤色に輝く髪飾り。

「この宝石はイスファーンとアスラと同じものだ」

その宝石、おそらくガーネットはパルスでは有名なもの。
あとで購入して、そう思い込むのも有り得ぬとは言いきれぬですぞ。

ナルサスは思ったが口には出さなかった。

「この宝石の色はアスラの髪と目の色と同じなのだ」

そのような色素を持つ民族はこのパルスにはいない。

「奇人であるお主は俺の言葉を信じるか」

ナルサスは目を閉じ笑った。

「ええ、信じます」

シャプールは嬉しそうに笑った。

ナルサスは思った。
異世界というものがあり得るのならば、私も異界人に会ってみたいものだ。

シャプールはナルサスに約束をさせた。
これを口外しないこと。

そしてナルサスはシャプールに約束させた。
また異世界の話を聞かせて欲しいということ。

そうして万騎長と軍師はその場をあとにしたのだった。



「おおまかに言うと、こういうことなのだ」

ナルサスの笑いにアスラは自分の顔が赤くなるのを感じた。

『シャプールが生きてて私のことを覚えているのは嬉しいけどさ、なんか恥ずかしいよね』

next

back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -