■ 兄弟、頑張ってるかな
「次の戦は大きくなる」
そう言ったのは紅炎の家臣である黒惇。
紅炎は頷いた。
明日から始まる戦の軍議だ。
私は隅の方で紅炎の剣を磨いていた。
ここ数日ずっと鍛錬をし続けていた。
アシュタロスとアガレスはやはり好相性だった。
ヴィネアとアシュタロスの技は最後まで思いつかなかったが。
ただの剣技はレラージュで、水場ではヴィネアで、特殊な相手はアシュタロスとアガレスで。
というのが私の考えた簡単な戦術。
他はファナリスの力でなんとかなる。
「聞いていましたか、アスラ」
紅明に呼ばれる。
『あ、ごめん、聞いてなかったよ』
けらけらと笑うとしっかりしてくださいと怒られた。
「相手はあなたの素早さにはついてこられない。だから相手の足並みを乱してください。そうすれば騎兵や歩兵が輝けるでしょう」
『分かった』
どうやら今回の私の役目は撹乱らしい。
次の日の早朝、紅明を軍師に、紅炎を大将軍に、紅覇を将軍として一団は出発した。
「今日こそダンダリオンの眷属となってくれればいいのですが」
『五つの眷属器なんて、私の魔力がもたないって』
笑うと後ろの馬に乗っていた紅炎がこちらに気づく。
「フェニクスもいるからな」
うげ、と再度笑う。
『フェニクスの眷属になればかなり戦いが楽になるよね』
回復できるしーと私は続けた。
ダンダリオンは空間移動の能力。
魔力の消費も激しそうだ。
「一つ戦術を授けよう、アスラ」
紅炎の言葉に耳を傾ける。
「アシュタロスは魔力から炎熱を生み出す」
私は頷いた。
分かってるって。
「そして逆も可能だ」
『逆……ってことは焚き火があればそこから魔力が貰えるってことだよね』
少し賢くなった気がする。
そう思ってドヤ顔をしていたら、そうではないようだ。
「都合よく焚き火なんてあるわけない。アガレスを使えばいい」
『なんで、アガレスって大地だよね。できてマグマを出すことしか出来ないよね』
紅明はこちらを黙って見つめる。
紅覇は耐えきれずに吹き出した。
「……マグマは熱だ」
あ。
そういうことか。
私は紅炎の言いたいことがやっとわかった。
『魔力が尽きる問題は解決ってことだね』
紅炎はためいきをついて大きく頷いた。
戦場につく。
早朝から出撃したのに、もう日が真上に登っている。
私は撹乱が目的。
突撃合図がかかる前から敵陣に一人乗り込む。
今日はこないだのような無茶はしない。
遠くから紅炎がこちらを見て言う。
「帰ってこい」
これは先日の戦でも言われた。
私は返答のかわりに笑った。
紅明がぽんと肩に手を乗せる。
「武運を」
私は頷いた。
紅覇が私の横に並ぶ。
「魔力不足にはならないから、怪我だけはしないでよね」
ぼそっとつぶやかれた言葉に私は苦笑した。
そうだね、あと怖いのは怪我だけだ。
遠くから紅炎の声が響く。
「先鋒、出陣」
その言葉を聞くと同時に足に力を入れてレラージュを発動させる。
敵の懐に適当に入り込み、かまいたちのように切っていく。
おそらく切られた側は何が起こっているかすら分からないはずだ。
「ひいい」
「いてえよお!!」
あちこちから苦悶の叫びが上がる。
もちろん敵陣は急に現れた見えない敵の姿に慌てる。
そこに紅炎の一団が突撃するのだ。
こちらが勝つのは当たり前だ。
レラージュを解く。
久しぶりの戦だからすこし張り切りすぎたようだ。
どっと疲れが押し寄せてくる。
『やっぱ一人の鍛錬じゃ実戦とはほど遠いもんね』
独り言を言う。
遠くでは紅明の指示がとび、そのたびに兵が供給される。
私は紅炎の言っていた魔力供給を試す。
アガレスで地面からマグマを出し、そこからアシュタロスで魔力を吸い取る。
うん、さすがだ。
上手くいった。
私は後方支援に回るために紅明の元へ急いだ。
紅明の陣が見えてきた。
レラージュを使っていないとはいえ、ファナリスの身体能力は高い。
陣につくとその天幕に入る。
「アスラ!お疲れ様です」
紅明と紅炎が私を迎える。
『怪我してないよ。かなり慎重に戦ったからね』
そう言って笑うと、紅明が見ている軍略図を見る。
「今はこちらが押しています。あなたの撹乱が大きいでしょう」
『レラージュを使っていたからね』
「あれは反動が大きい。いざと言う時にしか使わないのが賢明だ」
紅炎は眉を寄せる。
反動が大きいのはさっきなんとなく分かった。
だからここまでは使わずに来た。
そのことを二人に伝えると驚かれた。
「少し賢くなってますね」
「本能だろう」
そう、明確な理由は分からなかった。
ただなんとなく使えば疲れるなと思っただけだ。
紅炎はさすがによく分かっている。
その一瞬だった。
なにか変な匂いがする。
私は咄嗟にアガレスを発動させた。
そして地面を隆起させ、土の壁を作る。
壁に突き刺さる鈍い音。
「ちぃっ」
外から聞こえる男の声。
私はアシュタロスを発動させ、土壁を突破した。
空中に浮かぶのは仮面の男。
「雷魔法をつかうとよく気づいたな」
『なんとなくだよ』
私はその男を睨む。
空中に浮かんでいる男の隣には雷の槍。
これが二人に刺さっていたと考えると寒気がする。
二人を守らなければならない。
絶対に。
私のペンダントと耳飾りが光り輝く。
しかし私の耳と首元という見えない位置にあるそれに、私が気づく事は無かった。
紅炎が魔装をする。
私は跳び、相手は私に向かって雷の槍を放つ。
それをアシュタロスで弾き、その男に向かって一閃。
「アスラっ!」
紅炎の声が響く。
「後ろです!」
続けざまに紅明の声。
後ろにあったのは、もう一本の槍だった。
「死ね」
耳元で男の声が響く。
雷の槍が服を貫通するのがわかる。
そして私は、消えた。
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