■ お前は、生きるんだろう

大将軍として俺は前線から離れた場所にいた。

すべての戦局を見るためだ。

開戦してすぐだった。

アスラが敵の本陣を落としたという報せが届いた。

やはり簡単な戦だったか。

しかしすぐあとの早馬で戦局が変わった。

紅覇が魔装をした。
相手が金属器使いであるということだった。

ただの金属器使いならば紅覇の敵ではない。

俺はそのまま前線を睨んだ。

その時だった。

どくん、と持っていた剣が脈を打ったのだ。

剣に宿るのはアシュタロス。

そのアシュタロスが俺に訴えるのは。

「アスラか」

この戦に出ている俺の眷属はただ一人。

俺は天幕を開き、すぐに馬に乗った。

いくら早い馬とはいえ、ここからは少しかかる。

しばらく走ると前線についた。

そこには立ち周りを鼓舞する兵士がいた。

遠目からでも分かる。
シャプールだ。

「将来が楽しみだ」

俺はそう独り言を零した。

そして馬を下り、シャプールの後ろに立つ。

空中で紅覇が吹き飛ばされる。
レラージュでもかなわないか。

シャプールがばっとこちらを振り向いた。

「紅炎殿……」

「生きていたようだな」

呆然とするシャプールに話しかける。

そしてすぐにアシュタロスの魔装を見にまとう。

「すぐ終わらせる」

驚くシャプールを尻目に紅覇の横に並ぶ。

「え、炎兄!!」

「白閃煉獄竜翔」

俺は間髪入れず極大魔法を放つ。

敵は炭となって消えてゆく。

アシュタロスの魔装をしたことで眷属であるアスラのことがよくわかるようになった。

傷を負っているのか。

「紅覇、アスラは」

紅覇は悔しそうに顔をしかめる。

「分からない。でもさっきあの森からルフの気配がした」

俺はすぐにその方向に向かった。

森の開けたところに見える一つの影。

赤いその髪は見逃すことはない。

よかった生きていた、なんてらしくないことを思いながら俺はアスラに向かう。

しかしアスラは緊張の糸が取れたようにその場に崩れ落ちる。

間一髪でその身体を支える。

ぬるりとした生暖かい液体。

それが全身を覆っている。

声が出なかった。
すぐにそのまま王宮へと向かった。

治療員にすぐに見せると、俺はフェニクスを発動した。

慰め程度にしかならないが、全身の傷が少し塞がる。

血色も少し戻ったようだ。

「紅炎様、アスラ様は刃物で腹を貫かれたようです」

治療員は治療しやすいようにアスラの右腹の洋服を切り取る。

そこからは焼けただれた皮膚が見える。

その肉の焦げた匂いに俺は顔をしかめた。

「何故熱傷がある」

「おそらくですが、止血したのかと」

確かに医学には熱傷止血法というものがある。

それを実践したというのか、どうやって。

そのとき、アスラの剣が手に触れた。

アシュタロスで自分の身を焼いたのだ。

「バカめ…」

“バカって言わないで欲しいな”

俺の言葉にアスラが反応することは無い。

王宮から紅明が走り出てくる。

治療員が持ってきた氷嚢を受けとって、アスラを自室に運んだ。


後ろから紅明が黙ってついてくる。

寝台に寝かせて服を剥ぎ取る。

服の下の傷は少ない。

酷いのは左腕の裂傷と右脇腹の熱傷だ。

そしてなにより意識を失う原因となった、魔力不足。

「私は戦局を見謝りました」

黙っていた紅明が急に話し始めた。

「私のせいでアスラは」

「紅明」

俺は紅明の言葉を遮った。

アスラの身体に薄布をかけながら続けた。

「相手は闇の金属器使いだった。お前も俺も知る由がない」

「ですが」

「恨むべきはアル・サーメンだ」

俺はそう言うとアスラの脇腹に氷を当てる。

紅明は黙り込む。

俺は寝台の隅に座り込んでアスラの装飾品を取り外した。

細々したものはテーブルに、剣は枕元に。

この首飾りは初めて見るものだ。

先日までつけていた記憶がない。

俺はその埋め込まれた宝石を見る。

ろうそくの光のもとで深い赤色を放つその宝石。

たしか紅柘榴だろうか。

それもテーブルに置いた。

紅明はいたたまれなくなったのか、シャプールを呼んできます、と言って外へ出ていった。

俺は乾燥したアスラの唇にそっと自分のものを合わせた。

まさか二回目の口付けが意識がない時だとは。

自分でも笑ってしまう。

冷たくはない、しかし温かみもないアスラの手を握りしめる。

ノックの音が響き渡り、俺はその手を離した。

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