■ 姉者、死なないで

俺は前線で戦っていた。

俺の目にはもうアスラは見えない。

本陣の旗が倒れる。
アスラが将軍の首を取ったんだとわかった。

俺は内心で拳を握る。

さすがはアスラだ。

しかし、その喜びは一瞬で消えた。

俺達がいたはずだった山は、本陣は燃えていた。

そして燃え盛る本陣から飛び出たのは薄紫色の髪の女神だった。

いや、女神じゃない。

赤い水晶の羽を生やし、大きな鎌を持ち戦場を見るその姿。

「紅覇殿……!」

あれが魔装だ。
一瞬で理解ができないほど俺は馬鹿じゃない。

しかし何が起こったんだ。

切りつけてくる敵は減っている。

俺は擦り傷程度。

周りの兵はかなり負傷している。

「怯むな!敵は減っている!!」

俺は叫んだ。

パルスの万騎長の真似をしただけだが、それだけでも周りの兵が奮起するには十分だった。

上から爆発音が聞こえる。

紅覇殿も戦っている。

魔法の戦いは俺にはわからない。

ただ分かるのは、紅覇殿が負ければ俺達が負けること。

多くの兵は空中での戦いを見ている。

周りに見えるのはほぼ味方の兵だ。

ここ一帯の敵兵は殲滅できたようだ。

ちらりと興味本位で魔法の戦いを見る。

なんだよ、これ。

紅覇殿の鎌によって空中に現れた六角形のようなもの。

その六角形から強力な力が放出される。

その一帯はすべてが消滅した。

すごい、やはりこの世界はすごい!

俺はぞくっと震えた。

この人達から信頼されているアスラはもっとすごいんじゃないか。

敵兵が迫ってくる。

俺はそれを両断した。

奥の森でマグマが吹き上がる。

「あれも魔法なのか」

自然を操るとは、魔法とはなんと危険なものなのか。

呻き声が聞こえる。

空を見ると紅覇殿が吹き飛ばされていた。

「紅覇殿!!」

後ろに人の気配がする。

しまった。

俺は振り向いた。

そこにいたのは。

「紅炎殿……」

「生きていたようだな」

そういうと俺の目の前で紅炎殿は姿を変えた。

髪の毛は鱗をもつ蛇のようになり、腕も同様に鱗が覆う。

全身から炎が吹き出る。

背中には白い竜。

「すぐ終わらせる」

気づけば俺は汗だくだった。

勝てるはずがない。

あんな力を持つ人間がいるのか。

魔装した紅炎殿は白い炎で敵を一瞬で焼き滅ぼす。

終わった。

横の兵士から勝どきがあがる。

それをきっかけに兵全体が歓喜に包まれる。

勝利したんだ。勝利した。


“当然だよね、私達だし”


いつもの飄々とした声が聞こえない。

俺は周りを探した。

アスラがいない、アスラっ!

空中にいる紅覇殿がこちらへやってくる。

「シャプール、すぐに撤退だよ。そこらにいる兵をまとめられるでしょ」

俺は叫んだ。

「アスラが、いないんだ」

紅覇は森の奥を睨んだ。

「大丈夫、だとは思うよ」

言いづらそうに紅覇は顔をそらす。

その意味がわからず、俺は生きているとだけ分かり安心した。

「行くぞ、撤退だ!!」

兵達は俺に命令されても何も不思議に思うことなく、歩を進め始めた。

俺は近くにいた主を失った馬に乗る。

「ハッ!」

馬の腹を蹴る。

そうして王宮へ急いだ。


王宮に戻り、治療班の元へ向かわされる。

兵士は絶対に点検を受けるらしい。

「大丈夫そうだね、あれだけの戦いだ。君は奇跡だったよ」

擦り傷を消毒してもらい、はい終わりだよと呟く治療員。

「あの、アスラはどこですか」

アスラという名を聞いて治療員は顔を青ざめる。

「アスラ様には今、紅炎様がついていらっしゃる」

「あの、無事なんですよね」

治療員は顔を背けた。

「紅炎様を信じろ」

俺は治療ありがとうと残すと王宮の中へ向かった。

イスファーンの待つ部屋に入ると、泣きそうな顔のイスファーンが見える。

「あにじゃああ、おかえりいい」

泣きじゃくるイスファーンをあやす。

寂しかったのだろう。

朝から昼まで侍女がいるとはいえ、一人だったのだ。

コンコンと控えめなノックが聞こえる。

俺はすぐに扉を開けた。

「紅明殿」

顔が白い。
血の気が引いていると言っていいのだろうか。
そうとう疲れきっているようだ。

「シャプール、一緒に。イスファーンはおいてきてください」

いやいやと駄々をこねるイスファーンをおいて俺は紅明殿のあとをついて行った。

「紅明殿、アスラは」

紅炎の自室。

外には四人の家臣。

扉を心配そうに眺めている。

まさか。

ひゅっと息を呑む音が響く。

それが俺のものだと気づいたのは扉が開いたあとだった。

紅炎はこちらに気づくと寝台のそばから立ち上がった。

こちらに近寄ると俺の頭を撫でる。

「消沈する兵を奮起させていたな。よくやった」

そんなことより!!

そう言いかけた俺は口を噤んだ。

俺の頭を撫でる紅炎殿の手が微かではあるが震えていたのだ。

まさか。

まさかまさか。

「アスラは」

その声が俺のものではないようだった。

掠れて低い。

紅炎は俺を連れて寝台へ向かった。

そこに横たわるのは全身がズタズタになったアスラだった。

下半身と胸に薄布がかけてあるだけで、他は裸だ。

いつもなら恥ずかしいと思う俺だが、今回ばかりはそうはいかない。

紅炎は氷嚢を患部から外す。

「なんで、右の腹がこんなになってんだよ」

その腹は黒く焼けただれていた。

炭化していると言ってもいい。

紅炎は氷嚢を再度患部に重ねる。

後ろから見ていた紅明が言った。

「治療員によると、刺し傷が見られると。その上から熱傷があるということです」

装飾品はすべて外してある。

紅炎殿の剣は枕元に。
紅明殿の耳飾りは横のテーブルに。
紅覇殿の腕輪は耳飾りの隣に。
簪もその隣に。

そして俺達と買ったガーネットのペンダントもそこに並べてあった。

俺は気づいた。

「腕輪が、変わってる」

紅炎殿はぴくりと反応した。

「どれだ」

紅炎は装飾品に近づく。

紅明も不思議そうに近づいた。

「この腕輪の宝石、出陣前はこんな紋様はなかった」

俺は八角形のようなものを指さす。

紅炎は顔を歪めた。

「これは、八芒星」

「あと、紅炎殿の剣もだ」

紅炎はその剣を取る。

「この剣には元々俺のアシュタロスが宿っている。変わったことは無いだろう」

俺は首を振る。

「こっちの装飾品だ。この金具を見てくれ」

紅炎の剣には柄先に小さな房がついている。
その房を止めるための金具には、先程の紋様が浮かんでいた。

紅炎は目を見開く。

紅明も息を飲んだ。

「アシュタロス、ヴィネアだけだった」

「ええ」

「俺のアガレス、紅覇のレラージュの眷属にもなったというのか」

紅明殿は呆れたように笑った。

「全く、アスラは」

未だ目覚めないアスラ。

紅明殿はアスラに近寄ると囁いた。

「ダンダリオンが待っていますから、アスラも頑張ってください」

慈しむように微笑む。

その表情を見て思った。

紅明殿はアスラのことを好いている。

そして剣をきつく握りしめ目を閉じる紅炎殿を見て思う。

紅炎殿もアスラのことを好いている。

そしてそれに対して胸を痛める俺がいる。

ああ、やっと分かった。


俺もまたアスラのことを好いている。

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