■ 兄弟、神官と桃を食べる
次の日、いつものように白龍と武道場でシャプールの修行をする。
シャプールも白龍に慣れたようで、槍の師事を受けている。
部屋に帰ってきたシャプールとそれを迎えるイスファーン。
この光景が続くんだろうな。
昼ごはんを一緒に部屋で食べる。
『そういえばシャプール、イスファーンとは母親が違ったのかな』
「ああ、そうだ」
シャプールは生い立ちを話してくれた。
「イスファーンは2歳の時、母親とともに雪山に捨てられたんだ。俺の母によって」
『へえ、よく生きてたね』
私は昼ご飯の鶏肉を口に運ぶ。
「俺は母に反発し、すぐに助けに向かった。しかしイスファーンの母は既に死んでいた」
イスファーンは自分のことを言われていると分からずに箸を使って不器用に馬鈴薯を口に運んでいる。
「イスファーンは母のぬくもりで生きていた。しかし、それだけじゃない。イスファーンは狼に助けられたんだ」
私は笑う。
だから、二人ともあんなに獣のような雰囲気だったのかな。
「イスファーンは皆から狼に育てられし者(ファルハーディン)と呼ばれている」
『すごいね、イスファーン』
頭を撫でてやるときゃっきゃと笑うイスファーン。
「それからは俺が母親代わりでイスファーンを育てている」
『シャプールも苦労したみたいだね』
別に、と顔を背けるシャプールの頬は微かに赤くなっている。
素直になって欲しいな。
『ごちそうさま、片付けは侍女がやってくれる。私は執務に行ってくるね』
シャプールは頷いた。
イスファーンは小さい手を必死に振っている。
私が出ていこうとした時だった。
部屋の兄弟に向かって何かが投げ込まれる。
素早く兄弟と何かの間に立ち、それを斬る。
飛び散る液体。
広がる甘い香り。
甘い香り?
それは桃だった。
「お前っ!斬るなよ!!」
開け放たれた窓から現れたのは絨毯に乗ったジュダル。
『やあジュダルじゃない。入っていいよ』
迎え入れると、ありがとなーと飛び降りるジュダル。
絨毯の上には桃が沢山ある。
『なんで桃を投げるのかな』
「一人で食うのつまんねーし、紅炎は執務中だし、紅明は寝てるし、紅覇は出陣してるし、紅玉はババアだし」
紅玉がババアは関係ないだろう。
「だからお前にした!異国のガキもいるんだろ!」
ドヤ顔で訴える神官。
桃汁のついた剣を布で拭き取る。
桃の香りが残りそうだ。
『この子達が異国の子だよ』
シャプールとイスファーンは手馴れた様子で挨拶をする。
「おー異国、異国……?」
ジュダルは悩むようにこちらを向いた。
そして面白そうに笑う。
「へえー、異国ねえ。異界の間違いじゃねーの?」
そう言って桃をかじるジュダル。
さすがにマギには隠せないらしい。
『そういうのは黙ろうかジュダル』
そう言って威圧的に笑うと、ジュダルは言わねーよと顔を背けた。
「俺だってどうすりゃいいか分かんねーもんを言いふらしたりするかよ」
『珍しいこともあるね』
「あにじゃ!じゅだる、とんでる!」
イスファーンが浮かぶジュダルを物珍しげに見ている。
ジュダルは得意げだ。
「すげぇだろ!ほらこれやんよ」
そういって桃を差し出した。
なんだかんだ子供には甘いんだなあ。
シャプールにも桃を渡すジュダル。
テーブルにあった果物ナイフで器用にそれをむいてやる。
『ジュダルみたいにかじるのもいいけど、皮は固いからね』
イスファーンの分もむいてやる。
それを口に含む兄弟。
パァと擬音がつきそうなほど笑顔になる。
「あまい!!」
「美味い…」
ジュダルの大好物の桃を肯定され、本人は大喜びだ。
「そうだろそうだろ!この王宮にいる間はいつでも分けてやるよ!」
ジュダルはじゃーな!と言って桃を10個おいて飛び立っていった。
桃を食べながらシャプールは私に問う。
「ジュダルも人じゃないのか」
『君の世界にはないかもしれないけど、この国には魔法があるんだよ』
私の言葉にシャプールは桃をつまらせたようだ。
「本当か」
『うん、そうだね。ジュダルは魔法使いみたいなもんさ』
「まほー!!」
他にも魔道士とかいるけど、と補足しておく。
『実は紅炎や紅覇、紅明も魔法が使える』
魔法というより魔装だが、この際変わりないだろう。
「本当か!!」
見たい、という気持ちが顔に表れている。
全く分かりやすい。
『練家の魔法は戦いでしか見せないんだ』
もし見たいのなら、立派な剣士になれよという期待を込めた。
シャプールはその言葉に深く頷いた。
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