■ 兄弟、共に生きよう

部屋に戻るとすでにイスファーンは寝ていた。

厨房長に食事の件を伝えたことを言えば、紅明は軽く頷く。

「今シャプールが今後どうしたいかについて話していた」

紅炎はシャプールに目を向ける。

「俺は…」

ちらりと上目遣いでこちらを見るシャプール。

『好きにすればいいんじゃないかな』

私はシャプールの頭をなでる。

私には身寄りはいない。


物心ついた時には剣奴だった。

おそらく奴隷商人に売られ、その主催者へと流れ着いたのだろう。

素手の試合では負け知らずだった。

当然だ、負ければ死ぬか罰を受けるかだからだ。

しかし剣を持った試合では違った。

たった一人の少年に勝てなかった。

赤い髪を持つ少年。
名前は知らないが、私と同じファナリスだと思う。

身体能力がただの人間とはかけ離れていた。

その少年に負けたのが12歳のとき。

そこからはまた奴隷に戻った。

負けたため、主催者が私を手放したのだ。

あるときは貴族の家に、あるときは娼館に、あるときは商館に。

様々な思いをしてきた。

痛い、辛い、苦しい、気持ちいい、嬉しい、泣きたい、笑いたい、殺したい、死にたい。

17歳の時、剣を使ったことがあることから、奴隷の中から傭兵として選出された。

ここで死のうと思った。

相手は強国煌帝国。

味方の将軍は虚勢を張っていたが、分かっていた。

この戦は負け戦だ。

全員が死ぬ覚悟で敵の騎馬隊に向かっていった。

味方が殺される現実。

剣闘場のなかとは違う、本当の戦。

やっと死ねると思った。

しかし私の中の本能が働いたのか、負けることは無かった。

手傷を負うことがあっても死ぬことは無い。

味方の将軍の首がとられた。

意気消沈し、敵に刈り取られていく味方。

死体の野原が広がった。

私はその中に立ち尽くしていた。

味方も敵も死んでいる。

生きている馬はいないか、その馬で逃げればいいんじゃないか。

生きている馬はいなかった。

東西南北も分からない。

分かるのは日が沈むということだけ。

そうして暗くなった。

寒くなった。

凍える身体を周りの死体から剥ぎ取った鎧と服で温めようとしたが、上手くいかない。

かといって死ぬことは無い。

私は暗闇の中一心不乱に走った。

勘だろうか、日が沈んだ方向とは逆に走る。

ずっと走ると野営地の明かりが見えた。

気を抜いた一瞬、何かに躓いた。

いつもの私なら転ぶことは無い。

しかし今は精神的、身体的疲労が溜まっていた。

そのままごろごろと転がり、私は突っ伏した。

あと少しなのに、あと少しで馬が手に入るかもしれない、自由に生きられるかもしれないのに。

私はそのまま意識を手放した。


次に起きた時は私は馬車に乗っていた。

身体を動かそうとするが動かない。

唯一動く首を動かして横を見る。

そこにいたのは目つきがコケシのような赤い髪を持つ青年だった。

私より5歳は歳上だろうか。

なぜ体が動かないのだろう、このまま捕虜となってまた奴隷となるのだろうか。

「名はなんという」

『名前は、アスラ』

コケシ青年の尋ねた言葉に乾いた声で答える。

「アスラか、俺は練紅炎」

練家…敵国の煌帝国の王族がその姓だった。

『紅炎、私を殺してよ』

私は懇願した。

もう生きたくない、私にこの世界は厳しすぎる。

「なぜだ」

『これから捕虜になる。奴隷になる。娼婦になる。もうこんな生活は嫌なんだよね』

そして私は続けた。

『私は死にたい』



「アスラ、アスラ!!」

少し昔のことを思い出していたようだ。

シャプールが心配そうに私の名を呼ぶ。

『シャプール、君何歳だったかな』

ずっと黙っていた私の突然の質問に驚くシャプール。

「じ、17…」

私は笑った。

私が運命の出会いを果たしたのが17だった。

シャプールが運命の出会いを果たしたのも17だった。

『だからじゃないかな』

私が笑っていうと、バカですねと紅明が言う。

「それであなたの気が済むなら、それでいいんですけどね」

『それでいいんだよ』

私はシャプールの目を見つめる。

『ねえシャプール、私は17のときに紅炎に助けられたんだよね』

急に生い立ち話を始める。
シャプールは驚くこともなく話を聞く。

「兄王様との出会いの話ですか、初めて聞きますね」

紅明は小声で紅炎に言う。

紅炎はかるく鼻を鳴らす。

『傭兵だった。傭兵なんて奴隷からいくらでも出せる捨て駒だ』

シャプールは頷く。

『しかし私は助かった。紅炎が野営地の近くで倒れる私を見つけてくれたんだよ』

紅炎はふっと笑う。

「俺は星が綺麗だと思って早起きしただけだ」

紅明は兄王を見て笑う。
そんなこといって、照れ隠しですか。

『私は死にたかった。あの地が死に場所だと思ってたんだよね』

イスファーンの寝息が紅炎の部屋に響く。

運ばれていた晩ご飯の香ばしい香りがその場に広がっている。

『死を願ったんだよ、紅炎に』

「しかし俺はそれを許さなかった」

再び私の頭の中にあの時の光景が浮かんだ。



『なんで殺してくれないの、紅炎なら簡単だよね』

「殺す意味がない」

『生きる意味もないよ』

寝る私を見下ろす紅炎。

その目は何を考えているか分からない。

「ならば意味を作ればいい」

『どうやって。今から奴隷になるのにさ』

紅炎はふっと口角をあげた。

「お前は奴隷にはならない」

私は目を見開いた。

「お前は俺が預かり受ける」

手元を見た。
いつもの枷はない。

身体が動かないのは疲れのせいだったのか。

そして紅炎は言った。






『シャプール、共に生きよう』

シャプールは目を見開いた。

「なんで」

『ここまできたらシャプールはもう家族だよ、私のご飯美味しかっただろう』

シャプールは黙って頷く。

『だから、私は君と生きたい』

私は笑った。
寝ているイスファーンを遠目で見つめる。

『君たちと、だね』

シャプールの目が滲む。

すぐにそれがなにか分かったシャプールはばっと顔をしたに向けた。

「ありがとう」

『こちらこそ、私の初めての家族になってくれたんだからね』

シャプールの手の甲に落ちる水分を見ぬ振りして、私はシャプールを抱きしめた。





「アスラ、共に生きよう」

そう言った青年の目を私は忘れることはないだろう。

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