■ 感情
町につくと、シャンクスがすでに起きていて、私達を見るやいなやニヤニヤと笑い出した。
「なんだお頭」
「いやーベンも隅に置けないなと思ってな」
ふざけるなお頭というベックマンの声を耳に捉えながら、市場の方へ向かう。
「あ!からかってやろうと思ったら碧のやついないじゃねーか」
「買い物に行ったんだろう。この島にいられるのも夕方までだからな」
「はっはーん…お前らかなり進展してんな」
「お頭、いい加減にしないか」
市場に出てまず向かったのは、昨日も行った果物屋。
横で具象化している沖津風は相当立腹した様子だ。
最近は沖津風を怒らせてばかりだな。
“碧はあの男が好きなのですか”
『なんのことだ』
とぼけないでください、とこちらを睨んでくる沖津風。
やはり魂が具現化したものだけあって、私の感情の起伏には相当敏感なようだ。
果物屋の前に行くと、昨日の店主が笑顔でこちらを見てくれた。
『昨日はどうも。とても美味しかったです 』
「そうかいそうかい!それはよかったよ」
あえて悪魔の実については何も言わないことにする。
店主もわざと渡したわけではないし、今のところなんの問題もない。
『今日は昨日より少なめで包んでくれるとありがたいのですが』
そう言って札を渡すと、気前の良い笑顔であいよ!と答えてくれた。
手際よく詰め、昨日より少ない量の果物を紙袋に詰めてくれた。
「海に出るならこれもつけといてやるよ。ドライフルーツとライムだ」
『こんなにいいのですか』
何言ってるんだ!と豪快に笑う店主。
「いっぱい貰ってるからな!ライムは大事だぞー?壊血病を防いでくれるからな」
壊血病か。
朽木家の書架で読んだ記憶がある。
『感謝する』
礼を言うと、果物をショルダーバッグに詰め、次は雑貨屋だ。
雑貨屋の方向にはニヤついているシャンクスと、頭を抱えているベックマンが見えた。
行きたくないと思うのは私だけだろうか。
ぶんぶんを手を振るシャンクスに近づくと、ベックマンからすまないと小声で言われた。
「あと数時間で出発するが、買うものはないのか?」
『ああ、私には沖津風と死神の能力があるからな。その気になればいつでもこの島には来ることができる』
そうか!とシャンクスがニヤニヤと笑う。
ちらちらとベックマンの方を見ているので、なにかあるのだろうか。
「あー…碧、俺がこんなことを言うのもどうかと思うが、なにか欲しいものはないか」
目を合わせようとしないベックマン。
手は口元に当てられており、あまり表情が見えない。
沖津風のイライラ具合が刀を通じて伝わってくる。
『欲しいものか、特にはないな』
会いたい人なら沢山いるが、ここでベックマンにそれを言ったとしても何もならない。
「アクセサリーとかどうだ?お前何も持ってねーだろ?」
シャンクスが助け舟を出す。
『装飾品か、確かに持ってないな』
白哉のように牽星箝もつけていない。
私の漆黒の髪は白哉の髪を少し伸ばしたくらいの長さで、ハーフアップにして団子状にした髪に簪を刺してまとめている。
この簪はルキアと白哉に貰ったものだ。
ルキアの斬魄刀のような純白の飾り玉が桜の花弁を模した銀細工で整えられている、とても綺麗なもの。
デザインはルキアが考え、白哉が特注で作らせたと聞いた。
「そうか、なら選ぶぞ」
腕を掴み、ずいっと雑貨屋の中に入ってゆくベックマン。
この雑貨屋は少しだが装飾品も置いてある。
『ベックマン、私に気をつかうことはない。私は装飾品はあまりつけないからな』
持っていないためだが、と付け加えるとベックマンは勿体無いなと呟く。
「俺が勝手に選ぶ。お前に似合うと思うものをな」
少し微笑むその顔に見とれる。
いや、見とれてなんかない!
『か、勝手にしろ』
顔をそらした先に見えたのは銃を模したチャーム。
持ち手の部分に赤い宝石が散りばめられている。
それを見て少し笑ってしまった。
まるでシャンクスとベックマンのようだ。
それを見られていたのか、ベックマンはそれを手に取ると眺めた。
いつの間にかシャンクスも店に入っていたようで、ベックマンの手元にあるチャームを見る。
「いいの見つけたな!これはシルバーとルビーだな」
「碧の攻撃スタイルを考えると、手に付けるのはやめた方が良さそうだな」
ベックマンは真面目に考える。
やはりペンダント加工が一番だろうなと二人で相談をしている。
ベックマンが店員に一言告げると、店員はシルバーチェーンを奥から持ってきた。
口を挟む暇もなく、ベックマンはそれらを購入する。
そしてチェーンにチャームを通すと、私の方を見た。
「これは俺からの餞別だ。受け取ってくれ」
『あ、ありがとう』
ほら、後ろを向いてくれと言われ、反対方向を見ると、ペンダントが私の首に通される。
ベックマンの方を振り返ると満足そうに口角を上げた。
「似合っている」
かっと顔に熱が集まるのがわかる。
『あああありがとう、大切にする…』
なぜこんなにベックマンの前では動悸が激しくなるのか、わからない。
尸魂界ではこんなこと一度もなかったのに。
京楽隊長の前でも、浮竹隊長の前でもだ。
しかもベックマンはかなりの年下だ。
まさか、恋愛感情を持ってしまったのだろうか。
そんなはずないだろう。
日が沈みかけ、荷物をまとめた赤髪海賊団のクルーの声で我に返る。
『もう出発するのか』
「一晩は船の上で過ごしてもらうが、構わないか?」
「今夜は宴だぞー!なんてったって碧が船に乗るんだからな!」
驚きで目を丸くする。
私も船に乗るとは思っていなかった。
ただ、一緒に飛び立とうとは思っていたが。
「当たり前だろ?皆にも紹介するからな!」
意気揚々とクルーに声をかけに行くシャンクス。
ベックマンと共に、船に向かって歩き始めながら私は空を見た。
『私が異世界から飛ばされたのは言ったはずだが、実際のところかなり不安だった』
私の隣のベックマンの逆側に沖津風が現れる。
“碧…”
ベックマンは黙って聞いている。
『死神という、人間と死者の狭間のような私を受け入れてくれた二人にはとても感謝している』
「受け入れるも何も、俺はお頭に従っただけだ」
最初会ったときにすでに興味が湧いていたとは口が裂けても言えないからな…とベックマンが考えていたことなど知るよしもない。
『ありがとう、ベックマン』
腰にある沖津風をぎゅっと握り締めると、横にいた沖津風が私の肩を抱く。
“私がいることもお忘れなく”
薄い微笑みを浮かべながら私を見つめる沖津風。
今の沖津風は、ベックマンには見えていないのだ。
「俺もお前に出会えてよかったと思っている」
首元にあるチャームを眺めるベックマン。
そんなに銃をモチーフにしたものが好きなのか。
『まるで別れるような言い方だな。私はどの船にも居座る気はないから、白ひげの船にずっといる訳ではないぞ』
ベックマンは軽く笑った。
「そしてレッドフォース号に戻るわけでもないんだろう」
おそらくこの船のことだろう。
『ああ、まあそのつもりだ』
「気が変わったらいつでも来い。歓迎する」
お頭も俺もお前に入ってもらえるとありがたいんだ、とつづける。
[
prev /
next ]
back