■ 槍の稽古
「はい上、下、下、中」
『はいっ、はっ、ふっ、はあっ!!』
俺の槍を受ける女戦士。
名前は○○という。
俺の伯父であるヴァフリーズ老が幼い頃から身寄りのなかった○○を引き取ったのだ。
一緒に暮らし始めて早10年。
○○はいつの間にか立派な戦士になっていた。
『ダリューン卿、私の腕前はいかがでしたでしょう!』
「ああ、良くなっている。ちゃんと俺の言ったとおりに鍛錬しているようだな」
俺は額の汗を拭いながら○○に向かって笑いかけた。
『ダリューン卿直々に教えていただけるとは、誠に光栄でございます』
○○はきりっとした表情で俺を見つめる。
…今思えばいつからだろうか。
○○の俺に対する口調が堅苦しくなったのは。
俺はふと尋ねた。
「俺は、怖いか?」
○○はきょとんと俺を見る。
『ダリューン卿が、怖い?そのようなことありませぬ。もちろん敵にすれば恐ろしいやもしれませぬが、味方にすれば貴方様ほど頼もしい御仁は居りますまい』
○○は少し嬉しそうに俺に向かって話し出した。
そういうことではない、俺が言いたいのは。
「お前は、俺のことをどう思っている?」
言うつもりはなかった。
しかし俺の口をついて出たその言葉は既に○○の耳に入っている。
俺は自分の顔が熱を持つのがわかった。
こうなればヤケクソだ。
「俺が言いたいのはだな、お前が俺のことをダリューン卿と他人行儀に呼ぶのは何故だということだ」
○○は一瞬驚いた顔をするが、すぐに破顔した。
『昔のように、ダリューンと呼ぶのは許されない。そんな気がしたのです』
そして少し悲しそうな表情になる。
『ダリューン卿はいまでも私のことを○○と呼んで下さる。それはとても嬉しく思います。しかし片や貴方は万騎長。私は一兵士。同等のように呼ばれるのはいかがかと』
どうやら嫌われていた訳では無いらしい。
俺は少し安堵した。
「気にすることは無い。伯父上の義娘であるということは周知の事実であろう?」
『しかし…』
口ごもる○○。
俺は○○の手を掴んだ。
「今までのように気軽に名を呼んで欲しい。俺はそのほうが良いのだ」
○○は顔を赤くする。
『ダ、ダリューンがそう言うのなら』
俺はそう呼ばれるだけで心が暖かくなった気がした。
もちろんその理由は分からない。
理由を知ったのは後日宮廷内でナルサスにからかわれたためだった。
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