俺は俗に言うニート、ってやつだ。親にもほとんど見放されたような状態で、いつ家を追い出されても可笑しくない。
そんな俺には、一人だけ友達がいる。
中学や高校の頃の友達とは縁を絶ってしまったから、俺には友達がその人しかいない。

その人は元々ネットだけの関係だった。俺がよくいく掲示板でよく絡んでくる人だった。
毎日のように絡んでいて、ある日その人から直接会わないか、と言われた。
趣味もあうし、文章の雰囲気的に俺と同じ平凡かそれ以下な感じがしたから、俺は会うことを決めた。イケメンだったらなんか嫌だしね。

そして会う日当日、俺の目の前に現れたのは想像と全く違う人物だった。
俺の親父の草臥れたスーツとは全く違う、パリッと決まったブランド(物っぽい)スーツに、平凡なんてとんでもないような整った顔立ち。
その辺の下手な芸能人より輝いていて、その人は女性の視線を釘付けにしていた。
俺は彼を目の前に絶望した。
俺は、こんなすむ世界の違う人間と、あんなよくわからないノリのチャットを繰り返していたのか、と思うと途端恥ずかしくなった。
相手も、なんか不細工な奴と会うことになっちゃったなぁ、とか思っているんだろう。
早速帰りたい俺を他所に、イケメンは笑顔で俺をエスコートし始めた。格下の俺にも優しく振る舞う辺りがスッゲーモテそう、とか俺は下世話なことばかり考えていた。

なんだかんだ趣味が合うこともあり、盛り上がった俺たちはケータイの番号を教えあってその日は別れた。イケメンが終始ネットと同じテンションだったのも、接しやすかった理由だろう。

そんなこんなで俺たちは今とっても仲良しだ。俺の中の、今まで仲良かった奴の中でも群を抜いて仲良し。
彼はなにやら会社を経営しているらしく、ニートの俺とは生活のレベルがすべて違う。一度家に遊びにいったのだが、なんか長い車で迎えにこられて、ついたのはでっかいマンション。そのマンションの最上階、見晴らしがいい部屋に彼は住んでいた。
今流行りのスカイツリーも見える。



「家賃すごそうだな、ここ」

「大丈夫、このビル全部俺のものだから」



何が大丈夫なのかいまいち分からなかった俺はそうか、と返した。
今でも忘れない衝撃の思い出だ。



「どうしたの、ぼーっとして」

「…え、ああ。あんたに会ったときの事思い出してた」



そう俺が返せば、彼は嬉しそうに笑って俺に菓子をすすめた。俺は遠慮することもなくそれを受けとる。
今日も彼の家で遊んでいる。
仕事はいいのか、なんて思ったが、俺が気にすることでもないのでなにも言わない。




「ねぇ、ここで一緒暮らそうよ」



どこか神妙な面持ちで言われ、俺は菓子のついた指を舐めながら考えた。
俺の返事が早く欲しいのか、彼は更に続けた。
「家賃や食費なんて要求しない。君はここに居るだけでいいから」親にも早く仕事見つけて家を出ろと言われている俺には、とてつもなく魅力的な申し出だった。
なんとか即答しそうになるのを堪えて、俺は彼の様子を伺った。



「本当に、いいのか?」

「勿論!」



じゃあ、と、俺は甘い甘いこの密だらけの誘いに乗った。

彼と暮らし始めて一週間になった。彼は俺を外に出させたくない、とかよくわからない事を言って、俺の外出を許可してくれなくなった。俺は、彼に嫌われたり逆らったりしたらこの楽園を離れなければいけなくなる気がして全く逆らえなかった。だけどやっぱり、何もしないでこんないい暮らしをさせてもらうのは気が引けてくる。

だから俺は、彼には内緒でバイトに応募した。

数日後、いい結果をもらった俺は、彼がいない時間帯に、バイト先へ向かった。
バイト先の店長は俺より少し年上くらいの人の良さそうなイケメンだった。最近イケメンに縁があるなぁとか考えて店長の綺麗な顔を眺めれば、店長はにっこり微笑んだ。

そんなこんなで、店長に彼が仕事に行っている時間、すなわち午前中から昼にかけての時間にバイトを入れてもらった。店長はにこにこ微笑みを絶やさずに聞き入れてくれた。店長はすごく良い人だ。

バイトを始めて一週間、バイトから帰ってくるが、いつも通り人はいない。彼は今頃社長らしく経営を頑張っているのだろう。
ニートだった俺は全く体力が無いため、少しのバイトでもすぐ疲れてしまう。疲労からの睡魔に逆らわず、俺はベッドへ潜り込んだ。

寒さで目が覚めた。体を起こせば辺りすっかり真っ暗で、かけていた布団はいつの間にか床に落ちていた。俺はいつもの日課で、携帯電話を覗く。彼に持たされた物だ。最新機種のスマートフォン。
メールが来ていることを告げるランプが点滅していた。俺の電話帳には彼と実家とバイト先しか入っていないから、たぶん彼からのメールかなんかだろうと、俺はスマホを起動させた。



「…!?」



メール受信が79件。流石にこれは異常だろ、と俺は差出人を見やる。そこには彼の名前と、バイト先の店長の名前が刻まれていた。
彼は一日に何通もメールを送ってくるが、なぜ店長まで。内容を見れば、彼は安否確認、店長は飲みに行こうとの誘いだった。そのようなメールが交互に何通も。ぐらり、と頭が痛くなる。俺はスマホの電源をきると、ベッドの枕の下にしまいこんだ。

ちょっとすると、彼が慌ただしく帰ってきた。メールを返さなかった後ろ暗さから、俺は出迎えることもせずにベッドに沈んだまま動かない。
彼が動き回る音が聞こえて、寝室、つまり俺のいる部屋の前で足音が止まった。
彼が扉を開ける。俺はタヌキ寝入りを決め込んだ。



「…起きてる?」



もちろん返事などしない。少し間をおいて、ゆっくりと彼が近づく。俺の顔を覗き込んでいるのか、すごく近くに気配を感じた。そして、

唇になにか柔らかいものが当たった。

それが離れて、彼が口を開く。「はぁ…可愛い…」ぞわぁと鳥肌が立つ。ここが明るい照明の下だったらすぐにその事がばれていただろう。
暫くすると、彼は漸く俺から離れて、何事もなかったように俺の肩を揺すった。



「起きて?夕飯にしよう」



俺は然も今起きました、って感じで目を擦る。彼も便乗して、俺の目尻を擦る。
彼は夕飯を作るためにキッチンへと向かった。

俺だってバカじゃない。薄々、可笑しいと思っていたんだ。
彼の目は、男に向けるそれじゃない時がある。
欲情した、雄の目だ。
それにさっきだって、寝込みに唇を奪うなんて可笑しな話だ。自分が貞操の危機におかされるなんて、思ってもみなかった。
逃げなくては。
俺は漠然とながらもそう思った。

次の日、平然を装って彼を見送り、荷物をまとめた。荷物といっても、財布と服くらい。彼にもらったスマホは置いていくことにした。
実家には帰れないし、これからどうするか。

大荷物でバイト先に行くと、店長がビックリしていた。「どうしたの?そんなに大きな荷物」俺は苦笑いで口にする。「一緒にすんでる奴と喧嘩しちゃって」
ありがちな嘘。店長は驚いた顔で口を開く。「君恋人いたの?」俺は盛大に頭を振った。
俺に恋人なんているはずない。見ればわかることだろうに、嫌みかこの野郎。
すると、店長は笑顔になって続けた。「今日はどこか行く予定あるの?」俺はまた頭をふる。店長がニヤリとした気がした。



「じゃあ、俺の家来なよ」



これは思っても見ない有難い申し出。俺は思わず大きな声で本当ですかと聞いてしまった。店長は頷く。
そのとき、俺はすっかり昨日のメールを忘れていた。


バイトも終わり、店長の仕事が終わるのを事務室で待っていると、仕事が終わった店長が青黒い髪の毛をかきあげながら入ってきた。やっぱりイケメンだなぁ、とかしみじみ思う。
店長は制服を脱ぐと俺に笑いかけた。



「じゃあ行こうか」



店長に連れられて来たのは普通のマンション。中も綺麗で、店長らしいなと思った。
店長に言われるがままに中に入り、ソファーに座らせられた。「なにか食べる?」俺が頷けば、店長はにっこりと微笑んで奥に消えていった。
少しすると店長はおつまみとお酒を持ってやって来た。「飲めるでしょ?」飲めることには飲めるが、得意と言うわけではない。けれど、一応上司の彼に勧められたものだし、断れない俺は頷く。
店長は俺の隣に座り、缶ビールをあけ始めた。俺はそれを見届けて、おつまみを摘まんだ。



「そういえば、なんで昨日メールの返事くれなかったの?」



少し、どきりとした。そういえば店長もたくさんのメールを送ってきていたっけ。
俺は苦笑いで言う。「携帯、無くしたんです」実際、彼の家に置いてきてしまったそれは俺の手元には無い。店長は納得しているのかしていないのか微妙な声色でふぅんと呟いた。

飲み続けて一時間くらいたった頃、すっかり酔いの回った俺は眠気に耐えきれずこくりこくりと船をこいでいた。
店長はまだまだ余裕なのか、何本目かのビールを煽る。
「眠い?」店長の問いかけに頷く。寝てもいいよ、と店長は言った。俺はその言葉に思わず甘えてしまい、そのまま眠りについた。



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流石に長いので分割








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