目が覚めると真っ白い部屋にいた。
そこが病院だと気づくのに数秒かかり、俺は体を起こした。
自分が誰なのかは辛うじて分かるがここにいる理由や、家族や友達の存在が全く思い出せない。

ガシャン

俺が色々思い出そうと頑張っていれば、何かが割れる音が響いた。音の方に目を向ければ、綺麗な顔をした男が立っていた。どうやら先程の音は彼の足元に散らばる花瓶だった物の仕業だろう。



「目、覚ましたの…?」



彼がポツリと呟いた。
俺は戸惑いながら頷く。彼がその綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて俺を抱きすくめた。



「良かった、もう起きないと思って、俺、し、心配で、」



彼は泣きながら俺の肩に顔を埋めた。
俺は申し訳ない気持ちになる。こんなに心配してもらっているのに、俺はこの彼の名前さえ思い出せない。
俺は恐る恐る口を開いた。



「だ、誰だっけ…?」

「…え?」

「いや、あの、悪い。思い出せないんだ」



思いきって言ってみる。当然彼はビックリしていた。
彼は俺のなんなんだろう?友達?家族?いずれにせよ、親しい人物なのだろう。



「覚えて、ないの?」



俺は黙って頷く。



「なにも覚えてない?親とか、友達とかも?」



俺は再び頷く。彼は目を見開きながら言った。



「俺は、君の恋人だよ」




それから彼から色々聞いた。彼とは付き合って一年目で、親にはまだ紹介できていない。理由は男同士だし、驚かれるから。
俺は事故に遭って、ここ数週間ずっと目が覚めなかったらしい。だけど目を覚まして良かった、と彼は綺麗な笑顔を見せてくれた。

男が恋人とか正直実感沸かなかったけど、なにも覚えてない俺の感覚より、彼の言っている事の方が正しいだろう。

また数週間たって、俺は退院した。お医者さんが言うには、記憶障害は一時的なものらしく、いつか戻るらしい。彼にそう言えば、複雑な表情でよかったね、と言われた。
それから、親に退院のことを話し、俺と彼の同棲が始まった。前からしていたらしいが、依然として記憶は戻らない。

そのままずるずるまた数週間たって、俺は学校に行くことになった。彼は反対していたけど、俺はそれを押しきって学校に行った。
学校に行くと、知らないけど多分友達がわらわらよって来た。因みに彼は違うクラスだ。



「退院したんだな、おめでとう」

「あ、うん…ありがとう、?」



俺は戸惑いがちに返事を返す。話しかけてきたクラスの中心、みたいな奴はなにかに気づいたのか付け加えた。「あ、俺の名前は…」どうやら俺の事情を知っているらしい。皆優しく接してくれて安心した。

授業が全くわからなかった以外は無事一日を生活することができた。彼に会いに行こうと教室を出ようとすれば、誰かに止められた。
最初に話しかけてきた、クラスの中心人物だった。確か名前は、「長谷川」俺が呼べば、長谷川は嬉しそうに笑った。



「なまえ、覚えてくれたんだな」

「あ、うん。なんかよう?」



あぁ、と、長谷川は少しだけ神妙な顔持ちになった。「ちょっと来てくれよ」
長谷川についていけば、誰もいない教室についた。
なんでここに、と思っていると長谷川がこちらを向いた。



「…さっきは言わなかったけど、俺とお前。かなり仲良かったんだぜ?親友だと思ってるし」

「そうだったのか…。ごめんな思い出せなくて」



俺が謝れば、長谷川は慌て出した。「謝ってほしいとかじゃなくて、」長谷川は咳払いをし、真面目な顔になった。



「なんで小川と登校してたんだよ?」

「え、…」



小川とは、俺の恋人である彼の名前だ。長谷川はまるでその事がおかしいと言うような口ぶり。
俺は思わず言った。「だって、小川俺の、」

恋人。

俺は言わなければよかったと後悔した。

長谷川が口を開く。



「なに言ってんだよ、お前に恋人なんて、いないだろ…?」



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小川はただのストーカー








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