一人だけ兄がいる。
彼はよく出来た人で、賛美の言葉をいつも真っ向から受けているような人だった。
見てくれもよくて、運動も勉強もトップクラス。
全てがそこそこな俺とは正反対な、俺を憂鬱にする人。



「ねぇ今度、涼哉くん家に行きたいなぁ」

「俺ん家?どうして?」

「お兄さんも居るんでしょう?挨拶しなくちゃ!」



笑顔な彼女の瞳に、俺は何か違う目的が見えた気がした。
兄は半有名人だから、彼女が兄貴を知らないわけがない。
この彼女も、俺の向こう側の兄貴しか見えていなかった。

あぁ、不甲斐ないなぁ。
彼女からの告白で付き合って、俺は初めての告白だったから、凄く浮かれた。
けれど彼女はやっぱり、兄貴との接触が欲しかったんだ。



「涼哉、お帰り」

「………ただいま」



どうやって帰ったのか、いつの間にか俺は家の玄関に立っていた。
慌てたように駆けてきた兄に、重たい気分で返事を返す。
そのにこやかな顔、やめてくれよ。自分がどんなに小さいかを思い知るから。

俺はさっさと兄貴から離れたくて、いつもなら交わす少しの会話すらせずに、兄貴の横を通りすぎた。
すると、兄貴が俺の腕を掴んだ。
突然の事に、俺は一瞬目を見開く。
振り返り兄貴を視界に入れれば、綺麗な顔に陰を作って俺だけをじっと見据えていた。



「なんかあったの?様子がおかしいけど…」

「べ、つに、何もないよ」



俺がはぐらかせば、兄貴の眉間に皺が寄った。
掴まれた腕を、潰されてしまいそうなほど握られる。



「……あの女に、何かされたの?」

「は、」

「涼哉の彼女面してるあの女だよ」



ぞわ、と鳥肌が立つ。
彼女と俺が付き合っている事は、俺の友達ほんの数人しか知らない。
そんな事をわざわざ兄貴に言うはずも無く、兄貴が知っているわけ無かった。

なのに、兄貴は彼女を知っている。

俺は恐怖を感じて口が開かなくなった。



「ねぇ、何言われたの?お兄ちゃんが仕返しを」「や、めろよ」



兄貴の笑顔が強ばる。
カラカラに渇いた口で無理矢理喋れば、やけに低い声が出た。
仕返し?ふざけるな。もとはと言えばあんたが、こんな。



「兄貴なんか、」



常にひっつく劣等感に、俺はうんざりしていた。
どんなに頑張ったって、兄貴には勝てない。俺の努力は、兄貴の天才的な潜在能力に全て潰されていったのだ。




「いなくなればいいのに」




ずっと思っていた言葉が、ぼろぼろと醜く溢れる。それらは全て刃物みたいに兄貴を貫いた。

兄貴は力無く俺の腕を離すと、口をはくはく動かして何かを言いたげにした。俺はそれを冷めきった思考で見つめる。
兄貴の瞳から大粒の涙がたくさん溢れた。



「涼哉は、おれを、そ、な風に見て、っ…」



ずきり、と俺のまだある良心が痛んだ。
兄貴がすがるように俺の腕を掴んだ。綺麗な顔を涙で濡らしたそれは、すこし色気を感じる。
俺はその手を振り払う事も出来ずに兄貴の顔を見つめた。



「お、れは、」



兄貴から目が離せない。



「涼哉のこと、大切で、す、好きなのに、」



一際たくさん涙が溢れた。
兄貴のこんなに弱っている姿を初めて見た。不謹慎なことに、俺の心は優越感を感じている。自分はどこまで最低なんだろう、と思いながら、俺は兄貴の顔に手を伸ばした。



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兄貴を手玉にとりはじめる弟
リメイクしました








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