突然だが、俺には妹がいる。
妹はまるで、地上に舞い降りた天使のように可愛らしかった。

妹にへと買ったケーキを片手に、俺は軽い足取りで帰路を歩んだ。
妹が前に食べたいと言っていたケーキだ。喜ぶ顔を想像して、俺はデレデレと顔の筋肉を緩ませた。

ガチャリ

と玄関のドアを開けば、妹、紫織が出迎えてくれた。
俺を捉えた瞳が、嬉しそうに開かれるのを見て俺も嬉しくなった。



「おにぃちゃんお帰り!」



言い忘れたが、紫織は今年で四歳になる、立派な幼児だ。俺はロリコンじゃないぞ。

俺にトテトテと近寄った紫織は、俺に向かって腕を広げた。これは、紫織が抱っこをせがむ時のポーズだ。
俺はもちろんそれを受諾し、ケーキを持っていない方の腕で抱き抱えた。少しずっしりとした重みは、成長しているんだなぁ、と感じさせるものがあった。



「母さん、ただいま」

「あら伊織、お帰りなさい。まぁた紫織を抱っこしてるの?」

「まぁね」



リビングの扉を開ければ、母さんが立っていた。俺の手元を見て、呆れたように笑うと、ささっさとキッチンに入っていった。



「紫織ぃケーキ買ってきたぞ」

「ほんとぉ!おにぃちゃん大好き!」



ぎゅう、と俺の首に短い腕を回してそう声を上げた。
あぁ、もう可愛い。可愛いすぎる。










「伊織ぃ、おめェこのあと暇か?」



どっかのチームの総長で、学校で一番の不良と定評のある先輩、新田先輩がわざわざ俺のクラスに来てそう言った。
クラスメイトはざわざわとしていたのが一転、水を打ったように静まりかえった。

新田先輩との出会いは最近だ。
たまたまケーキ屋で出会い、最初こそは怖かったが今ではすっかり慣れてしまった。人間は慣れる生き物なのだ。



「あー…」



俺は先輩から視線を外すと、困って頬をかいた。

今日は、紫織を幼稚園まで迎えに行くのだ。

朝、紫織が自ら頼んで来たので、何があっても行きたい。



「すみません、ちょっと用事があって無理です」

「んだよ、用事って。女か?」



茶化すような笑みを浮かべた新田先輩。
妹と言うのがなんとなく恥ずかしく、俺は特に弁解をすることはしなかった。一応、妹だって女なのだ。
そんな俺を見て、先輩はみるみるうちに鬼のような顔になっていく。理由もわからず俺はその顔を見上げた。



「…お前。女なんていたのかよ」

「…え………いや、何て言うか、その、」



なんだかヤバい雰囲気だ。俺は何かいい言い訳を探すように声を上げた。俺の曖昧な物言いに、先輩の顔は更に怖いものになる。絶対に人を三人ほど殺している顔だ。
辺りに助けを求めようと目を泳がせれば、教室にクラスメイトが誰一人いないことに気がついた。やけに静かだと思ったら、皆逃げたのか。
ずるい、俺も逃げたい。



「答えろ、お前に女なんているのかよ」

「…っ!」



顔が、近い。
先輩の端正な顔がすぐ目の前にあって、俺は思わず息を飲んだ。
鋭い眼差し。それから逃げることなど出来ないのだと、俺はため息を吐いた。



「先輩、ちょっと付き合ってもらえますか」


















妹が通っている幼稚園に、先輩とやって来た。小さい子のはしゃぐ声を聞きつつ、俺は目的の人物を探した。
先輩はどうやら何が起こっているのか把握出来ていないようで、キョロキョロと辺りを見渡していた。



「あ!おにぃちゃん!」

「お、紫織ぃ」



近寄って来た紫織を抱き抱える。可愛すぎて鼻血ものだ。
その姿を見た先輩は更に訳がわからないと言うように眉を寄せた。



「先輩、俺の妹です」

「妹…?」



こくり、俺が頷く。
怪訝な顔をした先輩が首を傾げる。



「なんで妹なんか…おめぇに女が居るかの話だろ?」

「今日の用事は、この妹を迎えにいく事なんです」

「はぁ!?」



呆れたような声が園内に響く。
俺はお母様方の視線を感じつつ「シスコンとか思われたくなくて、」と照れ笑いをこぼす。
それを見た先輩はチッ、と舌を鳴らした。



「紛らわしい言い方してんじゃねぇよ!」

「す、すみません」



滅茶苦茶怒る先輩に恐怖しつつ謝った。
すると、紫織が俺の服をしっかり握りしめ、先輩をキッと睨んだ。



「おにぃちゃんをいじめちゃめっなんだよ!」

「あ゙?」



どうやら紫織には先輩が俺を苛めているように見えたようだ。
"めっ"とか可愛すぎる。鼻血とか出ちゃいそうで、鼻を押さえる。先輩は眉間に皺を寄せた顔で紫織を睨みつけた。怯んだ紫織は俺の首に腕を回した。



「ちょっと先輩。怖がってるじゃないですか」

「おめぇは先輩と妹どっちが大事なんだよ!!」

「妹です!」



「少しは悩めよ…」と先輩は項垂れた。



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この日を境に先輩は妹を敵視するんでしょうね
可愛いです








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