目の前から歩いてきた男性に思わず目を奪われた。
慶だ。
その顔はメガネとマスクで隠されていたが、そう思った。他とは違うその雰囲気は、思わず息を呑むものがある。
慶は、人気急上昇中のアイドルだ。
甘いマスクに、透き通った美声。さらに最近ではドラマの主役を勤めあげ、演技力までもある。
そんな彼は老若男女、国民に愛されていた。
俺も実は慶を好きな一人だ。
クラスの女子のような強い執着は無いものの、普通に好きだった。それは、どちらかと言えば尊敬の念だったかもしれない。
俺の横を通りすぎた慶らしき人物を横目で盗み見る。すると、ふと目があった。
正直驚いて立ち止まりそうになるが、すぐにそらされたため慌てて足を動かす。
少し、不躾に見すぎたのかもしれない。
なんだか恥ずかしくなったため、俺は走るようにして人の波を潜り抜けた。
「ねぇ君」
誰かに肩を叩かれ振り向けば、そこには先程の慶らしき人物が立っていた。俺は豆鉄砲を食らったように何も言えなくなってしまう。
そんな俺を構うことなく、彼は喋り始めた。辺りは人通りが少なく、俺と彼だけだ。
どこかで聞いたことあるようなその声に、俺は身を固くする。
「さっきも会ったよね?」
「え、はははい!そうですね!」
やっと喋れた俺は酷くどもってしまった。そんな俺を見て、彼は笑っているのか肩が小刻みに揺れた。滲み出るイケメンな雰囲気に、思わず顔を赤くする。それと同時に自身の凡庸さに苦笑いも零れた。
「…運命か、そんなもの信じてなかったけどな」
「へ?」
おもむろにマスクを外した彼はニコリと微笑んだ。その笑顔は、まさしくテレビで見ていたそれだった。
形の良い唇は緩慢な動きで言葉を紡ぎ出していく。
「ねぇ、メールアドレス交換しない?」
「え、」
「ダメかな?」
俺の顔を下から覗きこみ、上目遣いをする彼に胸が鳴った。
有無を言わせない雰囲気に、俺は思わず頭を上下する。
彼は変わらず笑顔を浮かべていた。
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慶はゲイです
それを意識した名前だったり…
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