平凡の弟は平凡とは限らない。
その証拠に、俺の弟、海は違うから。
海と俺はあんまり似てない。なんとなく面影があるくらいで、海の方が断然綺麗な顔をしている。海の顔を洗濯機で何百回か洗ったら、俺になる。そんな感じ。
性格は全く似てない。引っ込み思案な俺に対して、社交的な海。
海は運動も勉強もそつなくこなすが、俺は何をやっても普通から抜け出せない。
海の方が、優れているのは一目瞭然だ。
そんな海は、格下である兄の俺を蔑むどころか、寧ろ過剰なまでに好意的な態度で接してくる。逆に馬鹿にしたいるのだろうか?等と考えたこともあったが、海は優しい子だからあり得ないという見解に至った。俺は海より性格まで劣っているらしい。
「あれ、お前の弟じゃね?」
学校帰り、友人が道路を挟んだ歩道を見てそう言った。俺は友人の目線を追う。そこには紛れもない、弟の海がいた。
隣には可愛い女の子。
言わなくてもわかる。「デートしてるじゃん」友人が言った。
「お前の弟、中3だっけ?最近の中学生は大人だなぁ」
なに爺臭いことを、と俺は友人の脇腹を肘でつついた。
海は、俺に好意的だ。所謂ブラコンなのである。中学生にもなって、空、空、と俺に甘えてくるのは少し異常だと思っていた。
けれど、先程見た通り、海には彼女がいる。これを気に、きっと海は兄離れをするだろう。
少し寂しい気もするが、良いことなのだと、俺は勝手に結論付けた。
家に帰ると、先に帰ってきていた海が出迎えてくれた。
「空、お帰り」
俺はただいま、と返す。
部屋に向かおうと階段を上がる。海はそれについてきて、俺と共に俺の部屋に入った。いつもの事だ。
「そうだ。海、さっき商店街でお前を見たんだ」
「え…」
先ほどまで俺をニコニコと見ていた顔が固まる。その事に気づけない俺は続けた。「見たぞ、可愛い女の子と一緒に並んでるの。彼女だろ?羨ましい」俺がニヤニヤしながら言えば、海は顔を歪めた。
「違うんだ、空。違う。そんなんじゃあない」
「?別に隠すことじゃないだろ?おめでとう、彼女、大切にしろよ」
俺の言葉に、海は傷ついたような顔で、黙ったまま首を振る。どこか様子の可笑しい海に、俺は訝しげに眉間を寄せた。「どうしたんだ?」聞いても、海は違う違うと繰り返し呟くだけで何も詳しいことは言ってくれない。何だか不気味な海に、俺は無意識のうちに後退りしていた。
「空、俺は空だけだよ?彼女なんていないし、これからもいらない。だって俺には空が、」
いるから。
聞いたことも無いような、低い声。俺は本格的に怖くなってきて、どんどん海から距離を取る。がたん、と机に足が引っ掛かった。
無様に尻餅をつく俺に、海は近づいてきて笑った。酷く、歪んだ笑みだ。
「危ないよ、空?」
差し出された手を、掴んではいけない。そう思った。
一向に手を掴もうとしない俺にじれたのか、海は俺の腕を力任せに引いた。
「逃げないで、空。逃げることなんて許されないよ。だって俺達は兄弟だから」
果たして、それだけの意味なのだろうか。俺にはわからなかった。
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