「遅かったね、どうかした?」
既に席を取っていた井藤が心配するように話しかけてきた。
俺はまだ微かに痛む頭を無視して井藤に謝る。「ごめん、トイレ混んでた」苦笑いも付け加えて言えば、井藤は容易に信じてくれた。
あの野獣みたいな目を、思い出すだけで体がぶるりと恐怖で震える。"あんな"攻撃的な人は初めてだった。
今井も不良だけど、彼はどちらかと言えば良心的というか、"あんな"感じではない。
取り敢えず、もう二度とあの人に会いたくはなかった。
「…良弘、何か頼まないの?」
「…え?…あ、頼んでくる…」
井藤の怪訝な瞳を背に俺はカウンターまで向かった。
夕食も食べ終わり、今は部屋に戻るために廊下を歩いていた。井藤は珍しく喋らないため、廊下をペタペタ歩く音だけが響いた。
自分の部屋に着き、俺は井藤を見上げる。
「翼、おやすみ」
「……うん。おやすみ」
井藤は釈然としない表情をしたままだが、すんなり俺に背を向けて廊下の奥へ進んでいった。
部屋に入って、俺はベッドに直行した。今日は1日変な日だ。…怖い1日でもあった気がする。
井藤の変な言動とか、あのトイレにいた不良とか。特にあの不良は、軽くトラウマになってしまった。
出来ればもう一生会いたくない。
俺は思わず息を吐いた。
眠くはなかったけれど、俺は枕に顔を押し付けて目をぎゅっと閉じた。
小鳥の鳴く声で目が覚めた。
なんてメルヘンチックな目覚め方だろう、けれど目覚めは最悪だ。
とにかく学校の準備をして、眠いなぁと思いながら井藤が来るのを廊下で待つ。少しすれば、井藤はいつもの調子で廊下の奥からやって来た。
「おはよう、待った?」
「ううん、大丈夫。行こうか」
昨日とは違う、平和な1日になればいいなと思いながら、俺は井藤と共に食堂に向かった。
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