俺の言葉を耳に入れたであろう西野が、後ろの翼を見ながら暫しポカンとした後、思い出したように俺を見た。



「……僕、初めてフラれたかも」



こっちからすればフったつもり等微塵も無いが、西野からすればそうなのだろうか。
不敵に笑った西野は、俺の腕を引いた。



「こんな屈辱初めてだぜ、絶対お前をおとしてみせる」



すぐ耳元でそんな事を囁かれ、西野の低い声が腰に響くのを感じた。
思わず赤面していたら、西野はニヤリと笑って、屋上から出ていった。

……とりあえず、俺が西野の事が好きという誤解は解けたようだ。
それにしても、井藤はよくこの場所がわかったものだ。後ろにいる井藤を見やりながら思う。
俺の咄嗟についた嘘も、場の状況を素早く理解して手助けしてくれたし。



「ごめん、翼、下らない嘘付き合わせて」

「別にいいよ。寧ろ嬉しい」



嬉しい?
何故だろう、と俺は疑問符を浮かべる。俺だったら、嘘でも男と付き合いたくはない。
たとえ相手が西野や井藤のように、容姿がずば抜けて良くてもだ。



「うん。良弘の役に立てて嬉しい」



おぉ…!すごい良い奴だな、井藤…!
俺は感動を覚え、井藤の手を握りしめた。
こんなに、人に優しくされたのはいつぶりだろう。井藤の顔を見つめる。井藤はいつもと変わらない笑顔で俺を見つめ返した。



「翼、ありがとう。俺嬉しいよ…!」



俺の手を握り返した井藤は、やっぱり笑っていた。









結局、俺は午前の授業をろくに受けずに一日が終わった。
俺も到頭不良デビューだろうか。まぁ、その程度で不良になるわけもないのだが。
下らない思考は、部屋に戻ればすぐに無くなる。
思わず穴を覗けば、漫画を片手に寝ている今井がいた。よく寝るなぁ、とその姿を眺める。
いつものように眉間に皺が無いだけで、かなり穏やかな顔に見えた。少し幼く見えるのもそのせいだろう。

長い睫毛がピクリと動いた。

起きるのだろうか、と俺は少し穴から遠ざかる。
のそりと起き上がった今井が、キョロキョロと辺りを見渡すと、その目が俺の姿を捉えた。
すると、いつもが嘘のような笑顔を浮かべると、また倒れるように寝た。
な、んだ。今の。少し、心臓が煩くなる。とりあえず、俺は穴から目をそらすのだった。








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