朦朧とする意識は、夢と現の狭間に漂う心地に似て、快くももどかしくて、切なかった。
すう、と目尻に零れた涙の感触は確かであるはずなのに、それを頼りに目覚めることは出来なかった。

帰りなさい

ふわりと、香るように、頭の中で声が響いた。
懐かしい声にますますうっとりとしてしまうが、一筋の疑問が閃く。

(あんた、死んだはずじゃ…)

微笑むような気配に包まれた。
柔らかく、心地良くて、やはり切なかった。

あなたは、どうでしたか?

問いに合わせて、脳が動いていく。
ゆるゆると、動いていく。

(おれ、おれは…)

そうだ、神々の戦いに招待されて、戦士として、戦ったのだった。
頑固で融通がきかなくて、でもどこか迷子みたいな様子をしたのあいつと。
単純で一生懸命で、夢に向かって真っ直ぐだったあいつと。
小さいくせに、精一杯背伸びして頑張っていたあいつと。
優しくて、強くて、でも心の柔らかかったあいつと。
誰よりも不安な顔をしていたのに、最後には誰よりも強く未来を見ていたあの子と。
迷いながら、一生懸命に今を考えて戦ったあいつと。
みんなを守るという信念のために、必死に剣をふったあいつと。
とことん気が合って、どんな時でも笑い合えたあいつと。
強い明るさを持った、どこまでも優しいあいつと。

彼らを思うだけで、体が温かくなった。
更に心地良く、覚醒は遠退く。

その、前です

(前?)

またも漂流しだす意識を呼び止めるように、声は続いた。
記憶を求めて、心がうろつく。
徐々に姿を現すのは、深い、闇色。
瞬く銀河のような景色、消え行く悪しき意思を持った大樹。
所々汚れた、煤けた、血の滲んだ、白い腕。

――バッツ!

弾けた涙。
こちらに伸べられた腕は、白い。

でも、おれは、それを見ることしか、出来なくて。
もう、一つの指も、伸ばせなかった。
それはおれたちを守って散った彼みたいに、少しだけ笑うしか…。

――駄目、行かないで!

彼女は。
そうだ彼女はそれでも必死に腕を伸ばして。
けれども闇は、重たく、ぬるく、おれたちを隔てた。
彼女の姉が、彼女を抱きすくめる。
幼い少女が、彼女の腕をとる。
彼女たちは、光の射すほうへ、消えていく。
おれの前には闇が。

(そうか、おれも死んだのか)

闇に呑まれて。
あの子の腕を、掴めなくて。

いいえ

声は、否定する。
その様子が思い浮かぶようで、しかし、記憶には届かない。

帰りなさい、と、言ったでしょう?

優しい微笑みが見えそうで、見えない。
それが唐突に苦しくなった。
甘えたいわけではなくて、しかし懇願する気持ちではあるのだけれど。
せめて名前を呼んで、彼女を慰めなければ。
おれは、みんなに、あんたに会えて、良かったと…。

さあ、もう起きられるはずです
帰りなさい、あなたの帰るべき場所へ

そんなもの、旅人であるおれには。

意識が浮上する。
その世界から離れる。
待ってくれと言うより早く、感覚と肉体が結合する。
覚醒、する。



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