すっきりさっぱりした気持ちは、秋の空を鋤く風のつもり。
だからこそバッツはこの周りのちぐはぐに気付くことが出来た。
この世界は沈んだはず。
やさしくてかなしい神様の腕のなかで、眠ってしまったはず。二度と目覚めないようにと、そのために旅人であったバッツは戦士になって眠らせたはず。
だからここは、夢の中かしら。
奇しくもその予測は当たっているのだが、教えてくれる人はいない。
あいにく、人らしきものはいない。
離れた森の麓に、ちらちらと何か光って見えたが、きっとあれは、少し前に悩まされたイミテーションの残りだろう。
彼らはまるで、夢の欠片だ。
バッツはそれを元の夢に還しながら、傍らのモーグリが言うままに、旅を続ける。

「バッツ」
「んあ?」

愛くるしい外見とは裏腹に、深刻な声と言葉で話すモーグリは、なんだか誰かさんに似ていた。
バッツの知っている誰かさんは、こんなにもうじうじとナヤマシイことを口にしなかったけど。
休むぞと声をかけて、火を起こしたところだった。
失われた記憶を取り戻しながらたどたどしく言葉を探す経験はバッツにも覚えがあるので、焦らず、お湯を沸かしながら待つ。
水筒から金属カップに水を移して、中には商人モーグリから貰った、炒った植物の種を入れる。
日の入る森は、どこの記憶にもあって、よく馴染んでいた。もっと獣や虫がいればいいのに。

「巻き込んで、すまない」

でも、悪くない世界だったんだ。
熱が芳ばしい香りを膨らませる。
バッツはそんなお茶を一口飲んで、のんびりと笑った。
それからカップを置いて、ふわふわと浮かぶ深刻モーグリを両手で掴んで膝に乗せた。

「な、何をっ…」

表情にはならないらしいが、モーグリは焦った声を上げる。
バッツはそれごと押し付けるような仕草でぐにぐにとモーグリを撫で回した。

「おれは、知ってるんだ」

赤い鼻を押して、もっちりとした体を捏ねて。
ふわふわの毛をかき乱して。

「みんな、戦ってた、本気で。仲間はもちろん、敵もさ」

ぐにぐにぐにぐに。

「ほとんど自分たちのために。それから、ちょっと好きになったこの世界のために」
「うわぁっ」

自分は高いところが苦手なくせに、バッツはポーンとモーグリを投げて、軽く捕まえた。
彼はぐるぐると目を回しているみたい。
バッツは片手を伸ばしてまたお茶を飲んだ。

「悲しい世界かもしれない。でもそれはきっとどこだって変わらないさ」

のんびりと、穏やかに朽ちていく世界。
絶え間なく慟哭の響く、終わりの、終わりの…。

「おれはこの世界が好きだよ。でも、うん、出て行くよ」

中身を飲み干して、雫を振って落として、バッツは立ち上がった。
まだ目を回しているモーグリを片手で抱いて、伸びをする。
かなしみを終わらせる旅は、その代わり映えのしない続きに繋がっている。
旅人に許されるのはただそれを愛することだけなのだ。




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