俺とあの子

集会のあとはなんとなく金の家に行くのが日課だった。
家に行ってもやることは特にないけど。
金は少し呆れたりはするが、大したことない世間話にも付き合ってくれる。
そんなある日、金の弟がお友だちを連れてきた。
お友だちは女の子で、少し大人しそうな可愛らしい子だ。
「いらっしゃい」と金が笑顔で出迎えると、弟くんの後ろでびくついていた彼女の表情は一気に恋する乙女になった。

(女の子から女になった瞬間、ってやつかな)

玄関先でのやりとりを眺めながらそんなことを考えていると、リビングで目が合った。
「こんにちは」と笑顔を向けると「……こんにちわ」と小さく挨拶を返された。
彼女は弟くんの隣に座るだろうと勝手に判断した金は当然のようにこちらへ来て隣へ座る。
それが面白くなかったのか、先程までの大人しめで可憐な彼女の表情は一気に恋敵を見る目で睨んできた。

(面白いなぁ)

その考えが顔に出ていたのか、睨む顔がますます険しくなる。
金も弟くんもそれには気づかず、今日学校で何があったかを楽しげに話していた。

それからは金の家に行くたびに彼女と出くわした。
最初は弟くんを盾にして睨むだけだったが、彼女も慣れてきたのか途中から直接「お兄さんはわたさないんだから!」と言われるようになった。
その反応が面白くてついついからかってしまう。
でも引退が近づくにつれ、あんまり行けないことも増えてきた。
その日も用事があって行けないと金に伝えると、「あの子も寂しがるでしょうね」と苦笑まじりで言われて(そうだといいけど、どちらかもいうと嬉しがるだろうなぁ)と内心思ったり。
そしてもう少しで終わるというところで電話が鳴った。
発信者は金。
不思議に思って通話ボタンを押すと、「今からでも来れますか?あの子やっぱり寂しがってて」とのことだった。
急いで用事を終わらせて金の家へ向かう。
呼び鈴を鳴らすと金がドアを開けてくれて、その後ろには恥ずかしそうにチラチラとこちらを見る彼女。
妙にむず痒い気持ちになったが、気づかないふり。
彼女の視線に合わせるようにしゃがんで、「寂しがってるって聞いたから」と笑顔を向けると、「別にさびしくないし!」と強がりをみせた。
なんともいじらしい姿に思わず頭を撫でると、彼女は顔を真っ赤にさせて「なーでーるーなー!」と頬を膨らませていた。

そのうち正式に百鬼を引退し、金の家に行くこともなく地元を離れて会社を立ち上げた。
彼女に会うこともその時以来なく、ほんの少し寂しさを感じたりもするが仕方ない。
たまに金からメールが来るけど、大抵は弟くんの成長記録写真だ。
「中学生になりました」と書かれた文面と、金そっくりに成長した弟くんの姿に(成長が早いなぁ)と感心する。
同時に思い出すのはあの子のことで、きっとさらに可愛くなって彼氏なんか出来たりしてるんじゃないかと考えたりした。
そうなると少し胸の辺りが痛むが、無理やり気づかないふりでごまかした。

会社も軌道に乗ってきたので、そろそろ地元に移転させようと思い、久々に帰ってきた。
様変わりした街並みだと思いきや変わらない景色もあって、とても懐かしい気持ちになる。
いい立地の場所に目星をつけながら散歩をすることが何日か続いていたある日。
不動産屋との契約の帰り、大通りからは見えにくい薄暗い場所に、女の子が連れ込まれるところを目撃した。
相手は中学生らしき制服を着た男たちで、見ると女の子も制服を着ていた。
これはまずいと急いで現場へ向かう。
両手足を拘束され恐怖で顔を歪めた女の子は助けを呼ぼうとしたものの、口も塞がれてしまっていた。
刺激しないよう慎重に近づいていると、口元の拘束が緩んだのか、女の子がか細い声で誰かを呼んだ。

「ア、キラ……さ、」

絞り出された名前は確かに自分のもので、驚いた。
あの顔、見覚えがある。ああ、なぜもっと早く気づかなかったんだ。
男たちの手が彼女に伸びて、彼女は固く目を閉じて身を強ばらせた。
その隙に携帯からサイレンの音を鳴らし、その音に慌てた男たちはその場を後にする。

(ほんとは殴りたくて仕方ないけど、こっちは大人だからな…)

歯痒い方法しか取れないこの身が恨めしい。
唇を噛んで悔しさを飲み込む。
ちらりと彼女を見ると、触れられないことを不思議に思ったらしくちょうど目を開けたところだった。
駆け寄って「怪我はない?」と尋ねると、彼女は小さく声を上げた。

「アキラ……さん……?」

どうやら覚えててくれてたようでホッとした。
両手足の拘束を解くと、彼女は勢いよく抱きついてきた。
その身体は震えていて、肩が徐々に湿りを帯びていくのが分かった。
「もう大丈夫だよ」と背中を撫でるも、しばらく彼女の涙は止まらなかった。

「アキラさん」と呼ばれて軽く返事をする。
すると「好き。多分ずっと前から」と唐突に告白をされた。
驚いて二の句が告げずにいたが、不安そうな顔を向けられ唐突に昔のような気持ちになった。

「君が大人になっても好きでいてくれるなら、その時は結婚しようか」

中学生に手を出したら犯罪だから、と自分に言い聞かせつつ、彼女の言葉を待つ。
彼女は顔を真っ赤にさせたあと、嬉しそうに「約束だからね!」と指切りまでして。



「約束を果たされに来ました!!」と彼女が実家に突撃してくるのはまた少し未来の話。



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