最初は変な人だと思ってた。
私がよく訪れるお店は、隔週日曜日にスイーツビュッフェをやっている。
新作ケーキやスイーツの試食会も兼ねてるこのビュッフェは開催するたびいつも賑わうのだが、その日は異様な雰囲気に包まれていた。
やけに静かで、張り詰めた空気。
「…おい、あれ…もしかして」「鈴蘭の…?」「なんでこんなとこに…」
ヒソヒソ話している人たちの視線の先には、変な髪型に変な顔の変な服を着た大柄の男の人が、鼻歌を歌いながら楽しそうにケーキを選んでいた。
彼がいるので誰もスイーツを取りに行けないらしく、周りには不自然な空間ができていた。
これ幸いとさっさと受け皿をとってビュッフェに並んでお目当てだったケーキを選んでいく。
1番の目当てだったスイーツが最後の1個になっていて、急いで取ろうとすると目の前でかっ攫われてしまった。
「あー!それ私の!」
「へへへ…早いモン勝ちだ」
取ったのは例の彼。
取られた悔しさに思わず大きな声をあげてしまった。
勝ち誇ったその笑みが憎らしい。
残念な気持ちを隠しきれないままテーブル席に座ると、何故か彼が目の前に座った。
「…なんで座ってんの」
「席が無くてよ。わりぃな」
周りを見るが空席はちらほらあるように見える。
だが彼がテーブル席に来たことで一気にビュッフェに列ができはじめた。
よく見れば空席にはちらほらカバンやらが置かれているのが見えた。
「それくれるなら相席してもいいよ」
条件は目当てだったスイーツ。
彼は「…半分こでもいいか?」と妥協案を提示してきた。
その不安げな顔が面白かったので、私は「いいよ」と笑った。
彼の食べ方は豪快だった。
「全部うめーな!ここは当たりだ」
ケーキをフォークで突き刺して1口でたいらげるたびに「美味い」と繰り返し、笑う彼。
周りからは未だにヒソヒソされていて聞こえてないはずがないのだが、そんなこと気にもせず美味しそうに嬉しそうにほおばる彼の姿に、自然と微笑んでいた。
「あ、これうまい…あんたの皿には乗ってねーな。分けてやるよ」
「え?」
新作ケーキの1つを半分に切って、フォークで刺して目の前に差し出された。
「口開けろ。ほらアーンて」
唇にケーキを押しつけられて、「あ、あー…」と口を開けるとすぐさま中に押し込まれた。
「んぐっ」
「どうだ、美味いだろ?」
ニコニコしながら私の反応を見てる彼に、少しだけドキリとした。
「ん…美味しいねこれ!」
「だろー!」
自分と同じ反応だったのが嬉しかったのか、本当に嬉しそうに笑った彼の顔が可愛くて、こちらも笑ってしまった。
それと同時に、間接キスしてしまったことに気づいて顔が熱くなった。
彼は花澤三郎というらしい。
鈴蘭高校の3年で、休みの日にはケーキ屋さん巡りをするのが最近のマイブームなんだとか。
顔に似合わず可愛いことを言う花澤くんに思わず笑ってしまった。
「名梨はなんでここに来たんだ?」
「私?私は…甘い物が好きだから」
半分こでもらったスイーツを食べながら答えると、「それだけか?なんか凹んでたんじゃねーのか?」と尋ねられ驚いた。
なんで分かったのかと尋ねると、「なんとなくだ」とドヤ顔で言われてしまった。
「…彼氏と喧嘩中、なの」
顔を俯けてポツリと呟いた。
「仲直りしねーのか?」
「絶対いや。あんな男もういやなの」
浮気したのよあいつ、と愚痴りながらケーキにフォークをぶっ刺した。
「名梨は可愛いのにな。オレにおめーみてーな彼女いたらぜってー浮気しねーのに」
そう言ってケーキをほおばる呑気な彼に少しだけ意地悪したくなった。
「…じゃあ彼氏になってよ」
「え…、そ、それはだめだ!」
ふざけて告白するとまさか振られるなんて。
チクリと胸が痛むもそれには気づかないふりをした。
そしてふざけた調子のまま、顔を真っ赤にして首を横に振る彼に「どうして?」と尋ねる。
「オレらは初対面だぞ?もっとお互いを知らないと…付き合うとか、そういうのはだな…その」
「友達からならOKってこと?」
今度はコクコクと頭を縦に振る彼。
冗談で言ったことなのに真剣に捉えてくれる彼がおかしくて面白くて、優しいと思った。
「さっき間接キスしたのに、そんな事言っちゃうんだ」
「キッ…!?そんなことしてねーぞ!!」
「アーンってしたじゃない。あなたが食べてたそのフォークで」
「………あっ!!!」
「ほんとに気づいてなかったのね…」
恋人同士になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「あ、その前にあいつと別れなきゃか…」
ポツリと呟いて、私が本気で彼と付き合いたいと考えてることに気づいてしまって。
ふと、目の前の彼を見る。
すると物欲しそうな目をしているように見えたのか、彼が皿を隠すように覆いかぶさった。
「…なんだよ、あげねーぞ」
「いらないわよ」
「1口だけならいいぞ」
「どっちなのよ」
ほれ、とタルトを差し出されたので素直に受け取った。
初対面の男の人にこんなに惹かれることなんて今まであっただろうか。
見てるだけで面白くて全然飽きない。
お店を出て、彼を駅まで送る道中。
「今度は別のお店行かない?美味しいとこ知ってるんだ」と誘うと、「じゃあ連絡先教えろ」と彼のケータイを手渡された。
「え、なんでケータイ…」
「オレ登録の仕方分かんねーんだ。やってくれ」
そう言って丸投げにした彼に呆れつつも、とりあえず登録を済ませてケータイを返した。
「サンキューな」と嬉しそうに笑う彼を見て、私も嬉しくなって笑った。
駅に着くと、ちょうど電車が来てしまった。
まだ離れたくない、そう思うのに。
今の私にはまだ彼に縋ることはできない。
「じゃあ、またね。花澤くん」
なるべく笑顔を作って彼を見送ると、「おう!また今度な!」と笑顔で大きく手を振りながら電車の中へ消えた。
彼がそばにいない帰り道がすごくつまらなくて、ため息しか出てこない。
今日初めて会ったのに、頭の中は彼のことでいっぱい。
しばらくして携帯が鳴ってることに気付き、相手の名前も確認せず慌てて電話に出た。
電話相手は彼氏だった。
もう浮気しない、お前が一番なんだと聞き飽きた言葉を並べる彼氏にほんとうにウンザリして。
「私、もうあなたとは付き合えない」
それだけ告げて電話を切り、即着信拒否をした。
帰宅して、夕飯を食べて、お風呂に入ったあと彼に電話をかけた。
コールが2回鳴ると、『もしもし』と聞こえた。
その声だけで胸が高鳴り、ギュゥッと苦しくなった。
「私。名梨だけど」
『おお。どした?』
「次、どこいこっか?」
『んー、パフェが食いたいな!』
「パフェね、分かった」
次の予定を決めるだけの短い電話。
それでも先ほど彼氏からかかってきた電話より数倍も楽しい電話であることに間違いない。
電話を切り、そのまま携帯を抱きしめる。
「早く会いたいなぁ…」
熱くなった頬に手を当てて、ポツリと呟きため息をついた。
恋人同士になるのは、案外すぐかもしれない。
おしまい
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