「相談してーことがあるんだ」
好きな人からそう言われて舞い上がらない女はいない。
例えそれが『好きな人』の話だとしても。
彼とは小学校からの付き合い。
昔は無口で無表情だったから、何を考えているのか分からなくて先生も困るくらいだった。
私は席が隣同士だったからよく話しかけた。
会話するうちに案外いいやつだと思うようになった。
仲良くなるうちに、好きになった。
卒業式が終わったら告白しようと思っていたのに、彼はさっさと帰ってしまった。
告白のタイミングを見失った私は、仕方なく中学校でもそのまま『友達』を続けていた。
ウルトラマンと呼ばれてた先生を倒した彼は、そのうちゼットンと呼ばれるようになった。
その頃一番有名だった坊屋先輩に気に入られた彼は、小学校の頃とは比べ物にならないほど喋るようになった。
坊屋先輩が突然いなくなったあとはまた喋らなくなったけど。
その時もずっと私は彼の『友達』だった。
中学校を卒業後、彼は男子校にいった。
坊屋先輩のいる鈴蘭に。
私は鈴蘭の近くにある女子校に進学した。
日を追う事に、鈴蘭のゼットンは有名になっていた。
「私らのガッコーでもあんた有名だよ」
「ほんとか!?」
「ほんとほんと。でかくて怖いって有名」
「オレのどこがこえーんだよ!…七子は怖くねーよな?」
「何年の付き合いだと思ってんの。今さら怖いわけないでしょ」
2年に上がってしばらく経ったころ、久しぶりに会うことになった。
他愛のない話で盛り上がって、くだらないことで笑いあう。
彼はこんな男だっただろうか?
最後に見た時よりも男らしくなっている気がする。
「で、なんで私を呼んだの?」
「おお、そうだった!すっかり忘れてたぜ」
でへへ、と照れ笑いする彼を可愛いなと思っていると、冒頭の台詞を言われた。
「好きなやつがいるんだ」
続けて聞こえた言葉に返した私の返事は「そうなんだ」という乾いたものだった。
聞けば同じ鈴蘭の生徒だという。
共に行動することが増えて、意外な一面が見れたら嬉しくて、いつしか目で追うようになっていた、と。
坊屋さんがまたいなくなった時も、そいつは一緒にいてくれてたんだ、と。
嬉しそうに、本当に楽しそうに話す彼の口を今すぐにでも塞ぎたかった。
(やめてよ、そんな話聞きたくないよ)
そう言えたらどれだけ楽なんだろう。
でも私は彼の『友達』だから。
言ってしまうと傍に居られなくなってしまうから。
「ストレートに好きだって言っちゃえば?」
それが貴方らしいよ、そう言うと彼は少し考えこみ、そして「そうか…そうだよな!やっぱおめーに相談してよかったぜ!」と私の肩を強く叩いた。
「痛いっての!」
「だはは!ありがとな七子!」
「ん…上手くいくといいね」
「おう!」
上手くいったら報告する!と言って、彼は走って行ってしまった。
最後に会った時には伸びてた髪も、この日のために短く切ったし、服だってこの日のために可愛いものを着てきたのに、それらに一切触れることもなく。
大きな背中はどんどん小さくなっていった。
(失敗したらいいのに)
そう考えれば考えるほど、自分が嫌な女だと思えてくる。
そんな期待しても無駄だって分かってるのに。
きっと告白は成功する。
それだけは確信していた。
『七子!成功した!』
その日の夜、彼から送られてきたメール。
私はなんて返したんだっけ。
『そっか、よかった。幸せにしてやんなよ』
送信画面にはありきたりなことが書かれていた。
彼からの返事は、
『おう!』
それだけ。
きっと画面の向こう側で幸せを噛み締めながら笑っているのだろう。
(私のほうが先に好きになったのに)
「……ばか」
結局、私は『友達』止まり。
彼の目に私なんて映ってなかった。
(あー、辛い)
『友達』ならなおさら幸せを願ってやらなきゃいけないじゃない。
携帯の画面がじんわりと滲む。
見てられなくってパタンと閉じた。
ああ、失恋ってこんなに辛いの。
名前も知らない彼の『好きな人』。
失敗したらいいのになんて思ってごめんね。
どうか、どうか幸せになって。
彼の『友達』からの、ささやかなお願い。
おしまい
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