更木隊長を現世派遣させるにあたって、技術開発局では本人並びに隊長たちに通達する以前から周到な準備が行われた
総隊長直々に『今回の討伐任務は十一番隊隊長一人を現世へ派遣させる』と告げられたその日から局内ではどうするかと議論が交わされていた

第一の議題はあの膨大すぎる霊圧をどうするか、である
最近では眼帯についた化け物の胃袋を10倍にしても収まりきらなくなった膨大な霊圧
おそらく普通の限定霊印を施しても霊的影響は免れない
しかし現世であんな眼帯をつけて歩いていたら確実に痛いヤツだと思われてしまうだろう
そのため、眼帯以外を使ってどのようにすれば現世に無害な数値まで引き下げられるかが論点だった

「霊印の重ねがけはできないんですかね?」
「前総隊長が所用で現世へ赴く場合はたしか二重がけしていたって噂はありますけど…」
「真偽は定かじゃない、か……」

フム、と阿近は考え込んだ

「霊印の重ね掛けは俺のほうから総隊長に可能かどうか確認してみる。なにか他に案はあるか?」

阿近が呼びかけると、はい!と勢いよく手が挙がったので「はい、リン。立て」と指名した

「…う、はい……え、えっと、眼帯の化け物をアクセサリーとして身に着けさせるのはどうでしょう?手首あてのようなものだったり、首飾りだったり……そういうのだと、あんまり現世の人と変わらないのでは……ぅ、しゅみましぇん…」

リンの意見は皆の視線を一気に集め、それで緊張したのか最後のほうは泣きそうになりながらなぜか謝っていたが、「それ、いい考えだな」と返すと泣き顔から一転照れたようにして座った

「アクセサリーとして身に着けさせるのはいいと思う。それで、どんなものにするかだが…」

ここから何故か突然女性局員たちが盛り上がり、議論は一旦中断した

小一時間の女性局員による会議の結果、作成する小物は雑誌を見て作りやすそうなものにすると決まったところで、第二の議題は義骸の製造である
義骸は通常、傷ついて死神の状態を保てなくなった魂魄を虚から守るため、人間に擬態するためのものだ
現世の長期派遣任務には必要不可欠なものである
そして彼の義骸を製造するからには通常の義骸よりも霊圧制限をかけたものでなくてはならない
しかしそんな義骸を製造するとなるといろんな素材が必要になるし、なにより復興作業中の護廷にそんなものへまわす金はないだろう
そもそも彼のことを毛嫌いしている自隊の隊長が製造許可を出さないに違いない

『あんな野蛮な獣に金をかけるなど無駄の極みだヨ』

と言って、資料を一瞥することもなく、苦心して作った書類を無残にも破り捨ててしまうだろう
容易に想像できるのがまた悲しい
しかし並大抵の義骸ではあの霊圧は耐えられないだろう

(どうしたもんか………ん?)

はぁ…とため息をつくと、先ほど決定した小物の図案が目に入った

「……なぁ、考えたんだけどよ」

あーでもないこーでもない、と議論を重ねる局員たちが、口を止めて阿近を見た

「これと同じものを義骸用に作るってのはどうよ」

そう言いながら図案をみせると、「それいいな!」「それでいこう!」と賛成が多数挙がった

そしてようやく作業の開始である
女性局員は片っ端から現世の男性ファッション雑誌を読み漁り、彼に似合いそうなものでかつ眼帯と同じ素材で作れそうなものをピックアップしていった

「まずは試作品だ。隊長を納得させるには先にブツを作っておいて、効果を見せたほうが早い」

総隊長にはデータ資料のコピーを送っているので、万が一破られても傷つくのは己のハートだけだ
今から痛くなる心臓の位置を無意識に抑えながら、阿近は懐にしまっていた煙草を口に咥えて火をつけた
隊長同士はいがみ合っていても、隣同士なので他隊より交流はある
班目なんかは差し歯を安くで作れ、などと言ってきたり、綾瀬川は涅隊長が使っている化粧品を教えろ、などと喚き散らすし、草鹿前副隊長はいつの間にかリンのおやつを食べてたりしていた(隊長が怒鳴ってもどこ吹く風であった)
そして、彼もまたここにはよく出入りしている
眼帯のメンテナンスが主だが、草鹿前副隊長の回収だったり四番隊には行けないような傷(以前は向こうの前隊長に小言を言われるのが嫌だと言っていたが、今は別の理由で行きたがらないようだ)を負ったりしたときはこちらにくることもある

『やちるが残していった金平糖が六番隊から届いてよ。どうしたもんかと思ってたんだが…やる』

疲れたら甘いもん摂ったほうがいいんだってよ、と言って大量の金平糖を置いていった時はここに隊長がいなくてよかったと心底思った(今その金平糖はリンが隠し持っていて、定期的に共用おやつ入れに入れている)
そういうこともあったからか、彼のことを隊長ほど嫌っている局員はここにはあまりいない(まぁあの強面な顔や霊圧が苦手だったりはあるようだが)

そんなこんなで試作品が完成したところで、タイミングよく彼が眼帯のメンテナンスで技術開発局を訪れた

「阿近いるか」
「あ、更木隊長。いいところに」
「あ?」

ちょいちょい、と阿近が手招くと、訝しげな目を向けながら素直にこちらへ来た彼が、少しだけ草鹿前副隊長と似てると思ってしまったのは内緒だ

「ちょっと眼帯を外していただいて…これつけてみてください」
「?おう」

さっそく完成した試作品を着けさせた
試作品はリストバンドになっていて、嵌めると持ち主にフィットするように細工した
眼帯と同じ素材の布で作られており、そんじょそこらの戦いで壊れることはおそらくない
そして彼が装着した瞬間、局内に満ちていた禍々しい霊圧が一気に消えた

「……?これ(眼帯)と同じようなもんか?」
「そうです。新作を開発中で」
「ふーん」

コキコキと手首を動かしたあと、彼は「いつもより喰ってんな」と不思議そうな顔をした

「そりゃあ2つ着けてるからですよ。身体大丈夫ですか?なんか怠かったりとかは…」
「いや、ねぇな」

普段から眼帯で約半分程度に抑えている彼の霊圧
眼帯を外した状態で両腕に特製リストバンドを着けると4割程に抑えられていた
見えないところでデータを入力していく局員たち

(両腕に着けて4割までしか減らねぇのか…俺なら片手に着けるだけで死ぬな)

そんなことを思いながら「眼帯は預かるんで、しばらくはこれでお願いします」と告げると、「おう」とだけ返ってきた

「じゃあ頼んだ」

そう言って帰ろうとする彼に「それ試作品なんで壊さないでくださいよー」と声をかけると「…努力はする」と振り返ることなく手をひらひらさせてその場から立ち去っていった

「……データとれたか?」
「大丈夫、です…なんとか……。…副局長、よく平気っすね…」
「馬鹿野郎、俺だって立ってるのがやっとだったんだぞ」

彼の霊圧で机に伏していた局員の1人に声をかけると弱々しく返事が返ってきた
金平糖を口に放り込んでやると、しばらくモゴモゴしつつやがてゆっくりと起き上がった

(ここからさらに限定霊印で制限をかけると…おそらく2割以下まで制限される…あくまで予測の範囲だが、これなら二重がけする必要はなさそうだ)

約4割に制限された彼の霊圧をさらに限定霊印で制御するとなれば、おそらくは平隊員程度の霊圧まで下げられるだろう
よし、と小さくガッツポーズをした阿近は、さっそく完成したプレゼンデータを一番隊隊首室へ持ち込むため局を出た


「総隊長ー、居ますか?」
「どうぞ〜」
「失礼しま…………うわぁ」

隊首室の扉をノックして、のんびりとした返答を確認してから開けるとそこには副隊長に監視されながら書類と格闘している総隊長の姿があり、阿近は思わず声が漏れた

「……すいません、出直します」
「え!?いやいやいいよ、言ってた件でしょ?」

よっこらせ、と立ち上がり少し背伸びをしたあと、総隊長がこちらへ歩いてきた

「義骸のデータと、眼帯以外での霊圧制御のため新たに開発した装置の詳細です。んで、これが更木隊長に眼帯なしで試作品を着けていただいて観測したデータです」
「へぇ…眼帯なしで4割まで減ったのかぁ。ん〜、もうちょっと欲しいけど…でも限定霊印で2割以下に抑えられるだろうから、案外いい感じかもね。…敵の様子はどう?」
「…相変わらずです。こっちの出方を伺ってるような感じがしますね。まだなにもしてきませんが、空座町がいつ消えてもおかしくないほどの力を持ってますから」
「ふふ…だからこその、彼だよ」

不敵に笑う総隊長を見て(本人に断られたらどうすんだよ)と思いはしたが、なにか作戦でもあるのだろうと納得することにした

「義骸も喜助さんのところに送ったので、細かい調整はあの人がやってくれてると思います」
「よし、準備万端だね。じゃあ今日の隊首会が終わったら本人に声かけてみようかな」
「……その前にうちの隊長に話さないと」

キリキリ痛む胃を抑えながらボヤくと、「……総隊長命令で仕方なくって言えばいいよ」とポンポンと肩を優しく叩かれた

「はは……」

総隊長に慰められるが、阿近の口からは乾いた笑いしか出てこなかった


前日譚・終



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