鳴木市在住の筈の浅野啓吾だが、その日は何故か空座町のコンビニにいた。
大学生の姉に『期間限定・数量限定のこのグレイテストティラミスを買ってこい。さもなければアンタのお気に入りグラビア雑誌の首から上をもれなく私にする』と訳の分からない脅しをかけられ泣く泣く家を飛び出し駆けずり回っていた。
市内のコンビニを回ったが見つからず、空座町まで足を伸ばしたところようやくお目当てのものを発見したのだった。

「疲れた…」

はぁ…とため息がもれる。
姉から頼まれたものと一緒に買ったおにぎりを開けようとして、浅野はふと思い出した。

「そういえば姉ちゃん、あの人がいる時は大人しかったなぁ…」

あの人、とは以前成り行きで家に泊めることになった2人組のうちの1人のことだ。

(たしか名前は…斑目さん、だったっけ)

目尻に赤いメイクをしており、光る頭(本人は剃っていると言っていた)が印象的な斑目と、おかっぱのくせにやたら顔は綺麗だった綾瀬川という2人組。
その斑目の方に、姉はご執心だった。
壊滅的なセンスの持ち主である姉が次から次へと変なシャツを斑目に着せていたことを思いだして、浅野は笑いそうになった。
それを文句のひとつも言わず律儀に着ていた斑目は実は良い奴だったのかもしれない、と浅野が思ったのはつい最近のことだ。

「はー……」

ここ最近は色んなことが起こっていたと浅野は思う。
当事者ではないから詳細は分からなかったが、きっと浅野の友人も斑目や綾瀬川も恐らく死の危険を省みずに、色んなものを護るため何かと戦っていたのだろう。

浅野は初めて斑目と出会った時のことを鮮明に覚えている。
血にまみれ、着物もボロボロで、それでも楽しくて仕方がないとでも言うように狂喜じみた笑みを浮かべて敵のもとへ向かっていくその姿に、恐怖と同時に僅かだが羨望の眼差しを向けたことも、覚えている。
戦いの中で死ぬことが本望だと宣った彼らは、誰よりも生を謳歌しているように見えた。

(……あの人たちがもう一度目の前に現れたら)

泊まるところに困っていたら。
その時はまた(仕方なく)泊めてやってもいいかもしれない。
今度は彼らに話したいことや聞きたいことが沢山ある。

(そういえばなんかあの人たちに似た感じのものがいる気がするな…)

そんなことを思いながら、特に気にすることなく浅野は帰路へ着いた。


玄関のドアを開けると『遅い!!』の声とともに姉からの見事なドロップキックが決まる未来を、この時の浅野はまだ知らない。




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