「俺を抱いてみないか?」

普段通りの会話のように何気なく放たれたその言葉を理解するのに、馬鹿な頭では時間がかかった。
ようやく口から出た返事は「なんで」という平凡な言葉だったように思う。

「迫田なら何も考える必要ないなって思って」
「なんだそりゃ……お前疲れてんのか?」

さっさと寝ろ、そう言って背中を向け部屋に入ろうとすると、キュッと服の裾を掴まれた。
ため息をついて振り返ったが、拓海は裾を掴んだまま俯いていて表情が見えない。

「……」

どうしたもんか、と風呂上がりで濡れた頭をガシガシと掻く。
相変わらず拓海は黙ったまま、しかし動こうとはしない。
おそらくはこちらの返事を待っているんだろう。

(冗談…なわけねーか。この様子じゃ)

はぁ、と先程よりも大きなため息が出てしまい、目の前の肩はそれが聞こえたようで小さく揺れた。

「……あー、えーっとな…」
「……、」
「抱くってのはできねー」
「…そう、だよな。いきなり悪かっ「一緒に寝るだけならいいぞ」………、え?」

パッと顔を上げた拓海は普段でもあまり見ない顔をしていて、それがおかしくて少し笑ってしまった。


ひとつ屋根の下で暮らしているとはいえ、自分の部屋に入れたことも相手の部屋に入ったこともなかったので、自室に誰かがいるというこの状況がどこか新鮮だった。

「もう寝るか?」
「え、あ、いや……」
「眠くなったら勝手に寝ていいからよ」

自分から言いだしておいて戸惑っている様子の拓海にそう声をかけ、入浴前に観ていた映画を再生した。
しばらくすると背後からギシ、とスプリングの軋む音が聞こえたので、ベッドに座るか寝転ぶかしたんだろう。

「どんな映画?」
「んー、アクションものだな」
「一緒に観ていいか?」
「…途中から観て楽しいか?」
「楽しい。寝ちまったらごめんな」
「それは別にいいけどよ」
「…ん、ありがとな」

ベッドサイドに凭れかかってぼーっとテレビ画面を観ながら他愛もない会話をしていると、そのうち背後の声が途切れた。
映画も終わり背伸びをしてから振り返ると、拓海は健やかな寝息をたてていた。

「ど真ん中占領してんじゃねーよ」

少々乱暴に拓海の身体をベッド脇へ寄せたが、拓海は少し身じろぎしただけで起きることはなかった。
向かい合って寝るのもどうかと思い、電気を消して背を向けて横になる。
すると、背中に何かが触れた。

(ん?)

寝返りをうってみると、触れていたのは拓海だった。
眠りながら手を伸ばしていたらしい。
よく見ると少し震えているようにも見えた。
寒いのかと思い懐に引き寄せて背中をポンポンしてやると震えが治まったので、とりあえずそのまま寝ることにした。



胸のあたりを叩かれた気がして、まだ寝てる頭を無理やり覚醒させた。

「ようやく起きた…おはよう迫田」
「おー…」
「……そろそろ解放してくれないか?」
「あ?………!!!」

寝ぼけた頭では状況をうまく飲み込めなかったが、腕の中で恥ずかしそうにする拓海と昨晩したことを思いだして慌てて解放した。

「「…………」」

気まずい沈黙が室内を包んだのは一瞬で、直後勢いよく部屋のドアが開いた。

「迫田ー!!朝だぞ起きろーー!ってあれ?なんで拓海がいるんだ?」
「一緒にDVD観てたら寝ちまってたんだ」

な?と笑顔でこちらを見る拓海になにも言えなくなってしまい(もとより言うつもりもなかったが)、小さくため息をついて「ま、そういうことだ」と乱入者──花へ強引な説明をした。

「ふーん、そっか!マリ姉が朝飯作って待ってるからお前らもさっさと下りてこいよー!」
「おー」
「分かった」

花はあんな説明で納得したようで、用件だけ伝えるとさっさとドアを閉めて階下へ行ってしまった。

「さて、花も来たし準備すっかー」
「そうだな。…なあ迫田」
「なんだー?」

早く階下へ下りるため、手っ取り早くパンツだけになり学校指定のズボンを履いてベルトを締めていると、静かな声に呼ばれた。
背中を向けて気のない返事をしていると、拓海が背中へ触れてきた。

「どーした?」
「……また、頼んでいいか?」
「なにを…ああ、添い寝か?」
「っ、…久々に、ぐっすり眠れたんだ」
「別にいいぞ。鍵は開けてっからいつでも来いよ」
「!!」

Tシャツも着て準備完了したので振り返ると、拓海が驚いたまま固まっていた。
その顔がどこか面白くて、朝から大爆笑してしまった。


あんまり笑いすぎたもんだから、半分本気で拓海に蹴られた。




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