「一緒に飲もう」と誘われた場所はあいつの地元。
飲むなら、とバイクを置いて電車で向かうことを告げると「じゃあ駅で待ってる」と返事がきた。

「明ちゃーん!」

駅に着くと、周りの人間より頭一つ飛び抜けた男がこちらに向かって笑顔で手を振っている光景が目に飛び込んできた。
他人のフリをして通り過ぎてしまおうかとも思ったが、そんなことができる性格でないことは自分でもよく分かっている。

「恥ずかしいことすんな!」

小走りで男の方へ向かってそう言うが、「嬉しくてつい舞い上がっちゃった」と返されるとそれ以上は怒れなかった。

こっち、と案内されたのは高架下のこじんまりとした店。
「ここの料理すげー美味しいんだ」と女子をイチコロにする笑顔を向けてくる男─宗春に内心舌打ちしつつ、「そうか」と一言短く返した。
店内に入ると、外から見るよりもわりかし広い。
地元ではあまり耳に届かない(少なくともブライアンでは流れていない)オシャレなBGMも流れていて、この男は女を落とすためにこの店をよく使うんだろうと確信した。

「……なぁ、ほんとにここか?なんかすげー浮いてねーか、俺」
「ンなことねーよ。大丈夫大丈夫」

気にすんなって、とカラカラ笑った宗春は慣れた様子でスタッフに声をかけており、そのスタッフに案内されるがままカウンター席へ通された。

「とりあえず乾杯しよ」
「…おう」

お互いビールジョッキを持って軽くグラスを合わせる。
キン、と小気味良い音が響き、それを合図に2人だけの飲み会が始まった。
どんどんと運ばれてくる料理は全て宗春のオススメらしく、食欲をそそる匂いに思わずゴクリと唾を飲む。

「んー!相変わらずすげー美味そう!いただきまーす!」
「………いただきます」

手を合わせて料理に箸を伸ばす。
宗春の言葉通り、どれもこれもとても美味しくて箸が止まらない。
そして酒がこれでもかと進む。

「なぁ、前川」
「んー、なに?明ちゃん」

料理に伸ばす箸は止まらずも、酔った勢いで宗春に語りかけた。

「なんで俺を誘った?」
「ん〜…オレ、明ちゃんに酷いことしちゃったでしょ。最初」
「酷いこと…ああ、でもあれは…」
「どーめー組んだんだし、謝りたくて」

ごめんな、と呂律が回らなくなってきている口調でぺこりと頭を垂らす宗春に、開いた口が塞がらない。
あのやりとりは同盟前のことだし、なんなら敵地に潜入してあれだけで済んだのは幸いだったのだ。
頭である宗春が謝ることではないし、むしろ謝るべきは勝手に侵入したこちらの方だと思うのだが。

「別に気にしてねーよ。こっちこそごめんな」
「ん〜……あんがと。こーやって飲めて、うれしーぞー」

酔いで赤くなった顔でへらりと笑みを浮かべしなだれかかる宗春に少しドキリとして、慌ててジョッキに残っていた酒を飲み干した。

そこからは他愛ない話で盛り上がった。
武装で最近流行ってることだったりEMODの裏話だったり、互いの趣味だったり好きなバンドの話だったり。
第一印象は女たらしのいけ好かない男だと思っていたが、こうして話すと存外気さくでいい男だという印象が持てた。

(そりゃー女はほっとかねーわな)

顔もよし、スタイルもよし、優しくて、気さくで、いい男。
これまで何人の女を泣かせてきたんだろうか、と考えると何故か胸の奥深くに小さく痛みがはしった。

(…?なんだ、今の)
「どーかした?」
「っ!…いや、なんでもねー。……あ」
「?」

変な顔をしていたのか、宗春に声をかけられて思わず心臓が跳ねた。
気を紛らわせるため時計を見ると、終電の時間が迫っていた。

「俺そろそろ帰るわ」
「えっ!」
「うおっ!」

先程までの微睡みのような雰囲気はどこへ消えたのだろう、宗春がカウンターに沈みこんでいた身体をガバッと勢いよく起こして、それに驚いて変な声が出た。

「か…帰るの?マジ?」
「もう終電の時間だしな。この店が駅に近くてよかったぜ」
「〜〜〜っ!!」

声もなく再びカウンターに突っ伏した宗春は、やがてゆっくりと顔を上げて「…駅まで、送るよ」と微笑んだ。


駅までの道はさっきまでの盛り上がりが嘘のようにお互い無言だった。

(気付かなかったらどーなってたかな)

宗春にバレないよう盗み見る。
未だに赤い顔は少し不機嫌にも見えるが、どうやらなにか考え事をしているようだった。

(……なんで駅に近い店なんか選んだんだ、こいつは)

そう思ってハッとする。
まるで自分が、宗春ともっと一緒に居たいと思っているかのような、そんな考えに知らず顔が熱くなる。

(俺は別に、そんなこと…ただもっと飲みたいと思っただけで、そんな…)

自分で自分に言い訳をする。

そうこうしてる間に駅に着いてしまった。

「……また、な」
「…っ」

改札口の手前で宗春に声をかけると息を呑む音が聞こえたが、それ以上は何も聞こえなかった。
それを少しだけ残念だと思ったのはどうしてだろう。

切符を通して改札を通過する。
振り返って「気をつけて帰れよ」と手を振ると、宗春は「…そっちもな」と情けない笑顔を見せた。

電車に乗り込んで息を吐く。
頬が熱いのは酔いのせいだけではないだろう。

「あ〜…くそ」

男の自分から見てもかっこいいと思うやつだ。
女から見てかっこよくないわけが無い。
だから余計に、最後の情けない笑顔が印象的だった。
それだけじゃない。
話が盛り上がってバカ笑いするところだとか、酔いが回って微睡んでるところとか、女たちじゃ見られないであろう表情をいくつも見れた。
それが嬉しいと思ってる自分に驚いている。
女に見せない表情を、自分には見せてくれている。

(また飲むことがあったら)

時間を気にせず飲んでも平気だろう。
きっと泊めてくれるはずだ。
…………今はなんとなく想像したくないが。


おしまい。(↓は宗春目線)

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少しふらつきながらも駅を出る。
電車が出ていくのが見えた。
あれにきっと彼は乗っているんだろう。
初めて見た時から気になってた彼。
最初は警戒されてたけど、酒が入ると一気に打ち解けた。
話してみるとやっぱり面白いやつで、妙にウマが合って。
酔いでほんのりと顔が赤らんでいるのをかわいいと思ったころには、もうそういう対象として見ていたんだと思う。
彼は基本自身のことは話さない。
大抵話題になるのは武装のことと、村田のこと。
彼の口から他の男の話を聞きたくなくて、無理やり趣味の話にすり替えた。
たまに見せるクシャッとした笑顔がかわいい。
そんなに酔ってないけど、酔ったフリをして話を聞く。
もっと色んな表情が見たいと思ったとき、彼が突然「帰る」と言い出して。
だから、駅に着くまでの数分はずっとどうやって家に誘うか考えてた。
でもいい誘い文句が思いつかなくて、悩んでたらもう駅に着いてしまっていた。
改札口まで見送って、「またな」と声をかけてくれた彼はどことなく寂しそうにも見えた。
「泊まっていきなよ」とか、「ここにいて」とか、今になって次々と浮かんでくる誘い文句。
背中に投げかけたら今からでも間に合うだろうか。
そう思って気合をいれた、なのに。
「気をつけて帰れよ」だなんて。
手を振って、やっぱり少し寂しそうな顔で。
そんなこと言われたら誘えないじゃん。

「…そっちもな」

ちゃんと笑えてたかな。
情けない顔になってなかったかな。
小さくなる電車を見送ってから家路をゆっくり歩く。

「…今度こそは」

まだ特別には程遠いけど、彼は「またな」と言ってくれた。
だから今度こそ。
次こそは。

「覚悟しとけよ、明ちゃん」

今のうちに確実な誘い文句を考えておかないとな。


おしまい!



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