「くろさー」
名を呼ばれて顔を上げる
目が合うと手招きをされ、無視すると猫撫で声でまた名前を呼ぶ
何度このやりとりをすれば気が済むのだろうか
「俺はテメーの女じゃねー」
振り向かずにそう言うと、呼ぶのを止めてゆっくり近づいてくる
「知っとーよ」
腰に腕を回され、背中ごしに高い体温を感じる
仄かに香るのはいつもつけている香水と汗と煙草の匂い、それから女物の香水がうっすらと
(また女が変わったか)
胸の奥から軋む音が聞こえる
分かりやすい跡をつけないこいつの女たちは、残り香で牽制するのが上手いといつも思う
「離れろ」
こうやって密着されるたび、どう足掻いても彼女らと同じ土俵には立てないんだと常々思い知らされる
「いやだ」
ああ、とても惨めな気分だ
(やめろよ、やめてくれ)
離れてくれよ、頼むから
期待を持たせないでくれ
離れたくないと言われてしまったら、勘違いしてしまう
まるでお前が俺を───
(……ンなこと、あるわけねぇ)
「くろさー」
「……あ?」
「何考えとー」
「…テメーに関係ねーだろ」
「んー…まあそやね」
優しく触れるな
ほかの女に向けるのと同じ目で俺を見るな
これは所詮ただの戯れ
浮いた感情なんてない
だから、だから───
「くろさー、好いとーよ」
熱の篭った声で、甘い言葉を囁くな
お前のソレは聞き飽きた
そんなこと微塵も思ってないくせに
「…………そーかよ」
俺も、なんて言えないから素っ気なく返事をする
「もー、さっきから何考えとー?」
「………関係ねーって言ってんだろ」
ほら、抱くならさっさと抱け
こっちはさっきからお前のことしか考えてねーよ
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