「大きくなったら!センセーをおよめさんにしてやる!だからまってろ!」

卒園式の日、大きな木の下で小さな男の子に告げられたプロポーズの言葉
その目はしっかりとこっちを見ていて、真剣なのだと物語っていた

(生半可な気持ちで答えちゃダメだ…こっちも真剣に)

歩巳は深く息を吐き、そして男の子を見つめた

「武文くん…えっとね、気持ちはすごく嬉しいんだけど…」

ごめんなさい、そう告げると、武文くんと呼ばれた男の子の目が涙でいっぱいになった

「なん、なんで。なんで、ごめ、なさい、なの」

涙をこぼすまいとしているが、嗚咽まじりの声はもう聞くだけで悲しい気持ちになる
痛む胸を無視して、歩巳は「だって先生、男だもん…お嫁さんは女の人がなるものだから…先生は武文くんのお嫁さんになれないよ」と告げた

「せん、せーは、お、れの、こと、きら、きらい、なの…おれ、せんせ、のこと、だいすき、なの、に」

ついに決壊した涙を見せまいと乱暴に拭いながらそれでも男の子は諦めなかった
相変わらず嗚咽の混じった声で必死に自分の思いを伝える男の子に、歩巳は胸を打たれた

「先生だって武文くんのこと大好きだよ。…でも、先生は男だからお嫁さんにはなれないんだ…」

なるべく不安にさせないよう笑顔を見せて、小さな頭を優しく撫でた

「お嫁さんにはなれないけど、一緒にいることならできるよ。それでも構わないなら…君が大きくなるまで、ここで待ってる」

そう言うと、男の子は「それでもいい!」と涙まみれの顔で満面の笑みを見せた

「じゃあ約束!指切りしよっか」
「うん!ゆーびきーりげーんまーん…」


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何年か経ったある春の日の昼休み
歩巳は厳つい顔の男によって園外に呼び出され、そのまま壁まで追い詰められていた
子どもたちがお昼寝中でよかったと歩巳は心の中で安堵した

「ぁ、あの…ど、なた…です、か」

ビクビクしながら尋ねると、男は少しだけ悲しそうな顔をしたが、歩巳にはよく分からなかった

「…覚えてねーのか」

どうやら男は知り合いらしいが、歩巳はてんで見当もつかなかった

「…す、すみません…覚えてない…です」

申し訳なさそうに俯きながらそう告げると、また悲しそうな顔をした
それを見て歩巳は何故かツキンと胸が痛んだ

「約束したろ。でっけー木の下で」
「え…なんで、それを?」

男の言葉に、歩巳は顔を上げた
大きな木の下で、とある男の子と交わした約束は、1度も忘れたことはない
でも何故彼がそれを知っているのか、歩巳は理解できなかった

「『大きくなったらセンセーをおよめさんにしてやる』って、言ったろ」

そう言ってニヤリと凶悪な笑みを浮かべた男の中に確かにあの頃の面影を見た歩巳は、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった

「え、えええ!?た、武文くん!?うそ!なんで!?」

教え子の成長を嬉しく思いつつ、なんでこんなに厳つい顔になっちゃったんだろう…と思った歩巳だった


……To be continued



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