大波乱の一年戦争が終わってしばらく経った。
九里虎はあれ以来学校に姿を見せず、ブッチャーの野郎は自分で派閥をつくり、十希夫は岩城一派で軍司さんの懐刀となった。
集団でつるむのがあまり好きではない俺は加東一派からの誘いを断り、どこにも属することなく自由に学生生活を満喫していた。
顔役がいない晴れた日に、屋上で煙草を吸うのが好きだった。
フェンスにもたれてボーッとしながら空を見上げ、煙を吐き出す。
のぼっていく煙はすぐ風に飛ばされて消えた。
「ふぁ…ねみぃ」
欠伸を噛み締め、近くにある玉座へと向かった。
ゼットンの旦那が九里虎に負けた今この席は本来九里虎のものだが、あいつはそういうことに興味がない、そして旦那はここが好きだから、未だに旦那が座っている。
だが今日その2人はいない。
「いないならいいよな」
ポツリと独り言を漏らし、バンダナとサングラスを取りテーブル代わりのドラム缶へ置いて横になった。
久しぶりに学校へ来た。
いきなり変なおっさんに喧嘩を売られ、その傷が癒えたと思ったら今度は意味のわからない一年戦争などというものに巻き込まれ、その間に2度も携帯を壊された。
もう2度と来るものかと思っていたが、今日は女の子が誰も誘いに乗ってくれなかった。
街を歩いていても喧嘩をふっかけられるだけなので、仕方なく学校へ行くことにした。
「げっ、花木!」
「マジかよ…」
「おい!花木が来たぞ!!」
周りの男どもがうるさい。
やっぱり来るんじゃなかったとため息を吐いてふと屋上を見ると、バンダナを巻いた頭が見えた。
空を見上げて煙草の煙を吐いているその姿に、なんともいえない色気を感じて。
男に対してそんなことを思った自分に内心慌てて、頭を振って打ち消した。
もう一度屋上を見ると、その姿は消えていて。
少しだけ、彼に興味が湧いた。
屋上へ上がると、日陰にあるソファーで彼が寝ていた。
頭に巻かれていたバンダナは外され、机がわりのドラム缶に置かれていた。
ソファーの背もたれに身体を向けていて、こちらからは背中しか見えない。
その代わり艶やかな黒髪が、風に吹かれてサラサラと揺れていた。
女のようなそれに手を伸ばし優しく指を通すと、思っていた以上の手触りで。
気がついたら夢中で髪の毛をいじっていた。
「ん…んぅ」
彼が寝返りをうち、寝顔が顕になる。
髪が少しだけ顔にかかっていて、それをゆっくりはらいのける。
この男には見覚えがあった。
確か、2回目にケータイを壊した男。
しかもバットで粉々にした男だ。
あの時の彼は周り全員が敵、という野良猫のような目をしていたが、寝顔はずいぶん穏やかだ。
頭を撫でられるのが好きなようで、寝ていながらも頭をすり寄せる行動がホントに猫みたいだ。
「いじらしか…」
思わず出てきた言葉が思った以上に甘い声色になっていることに気付き、気恥ずかしくなった。
誰かに頭を撫でられていることに気付き、意識が浮上した。
大きい手が優しく髪を撫でる。
その気持ちよさにもっと撫でてほしいと思って、頭をすり寄せた。
小さく「いじらしか…」という呟きが聞こえたと思ったら、いきなりピタリと止まり、そしてゆっくり離れていこうとする。
その手が離れるのが嫌で、もっと触ってほしくて。
「…もっ、と…な、でて…さわ、て」
夢現の中で呟いたその言葉に反応したのか、再び戻ってきた手をどことなく嬉しく思った。
これ以上触るのはいけないと思ってゆっくり起こさないように手を離そうとすると、小さい呟きが聞こえた。
「…もっ、と…な、でて…さわ、て」
ドキッとした。
寝言なのだろうか、起きている気配はない。
仕方なく再び頭を撫でると、ふにゃりと嬉しそうに微笑んだ彼を見て。
気づいたら身体が動いていた。
ソファーの肘掛けを支えにして彼に覆いかぶさり、無防備に開いた口に舌をねじこんだ。
「ん…っ、は…ぅ、あ…んふ、」
歯列をなぞり、鈍い動きをする彼の舌にじぶんのそれを絡ませて口腔内を犯す。
夢中になって貪っていると、ようやく彼が覚醒したようだ。
「んぅ!?んんっ!ん、はぁ!っは、なせ!!」
思いきり押しのけられ、仕方なく唇を離すと腕でグイッと拭われて。
顔を真っ赤にして息を荒らしながら身体を起こした彼はやはり野良猫の目をしていた。
口の中になにかが入ってきて、口腔内を蹂躙している。
それが誰かの舌だと分かると急いで目を開け、力の限り押しのけた。
「なんの真似だテメェ!」
身体を起こして乱暴に唇を拭うと、なぜか一瞬寂しそうな顔をした九里虎だったが、すぐに元の顔に戻り「…わしにも分からん」とぶすくれた表情を浮かべ、そしていきなり人を指さした。
「キサンもひどか男ばい!」
「は?何の話だよ」
指していた手をパシッとはらいのけ、「わしの純情を弄んで!」とわけのわからないことを喚く九里虎を無視して、口直しのため咥えた煙草に火をつけた。
「わしは離れようとしたばい!ばってんキサンがねだるけん、わしは仕方なく頭を撫でとったとに…あんな嬉しそうな顔されたらムラッとくるに決まっとろーが!」
その言葉につけたばかりの煙草を落とした。
「…あ、あれ…夢じゃなかったのか…」
自分が言ったことを思いだし、一気に顔が熱くなった。
「顔が真っ赤ばい」
そう言われ慌てて下を向くが、顎をとられ無理やり上を向かされる。
九里虎の目は獲物を捕らえた肉食獣のそれで。
何故か身体が熱くなった。
「っ、…は、花木」
「九里虎でよか。…んー、やっぱキサンはいい目しとる」
舌なめずりをする九里虎が、男の俺から見てもエロくて。
そんな姿を見せられ、そりゃあ彼女が何人もいるわけだよな、とまるで他人事のように考えていた。
「キサン、名前はなんちゅーと?」
「…黒澤」
「くろさわ、くろさわな」
どこか嬉しそうに名前を繰り返しながら抱きつき、俺をソファーに押し倒した九里虎。
されるがままにしていると、目の前にふわふわした頭が揺れていた。
その頭に手を差し込むと、意外と絡まらずにスルリと抜けた。
その感触が気持ちよくて何度も何度もやってたら、「そげん可愛かこつするんやね」と優しく微笑まれ、気まずくなってその手で顔を覆った。
「九里虎」
「んー?」
「…痛くするなよ」
「………努力はするばい」
おしまい
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