「頼む!歩巳!このとーりだ!」

顔の前で両手を合わせて拝むようなポーズをとる武文くん。

「う、うん…別にかまわないよ」

そんなことをする武文くんが珍しくて少しだけバレないように笑ってしまった。


鈴蘭は定期テストがないんだけど、進級するため、年度末に1度だけ全教科のテストがあるらしい。
それでなんで僕に声がかかったのかというと…

「勉強、教えてくれ!!」

ということらしい。
そんなわけで、僕は今梅星家にいた。
メンバーは、花ちゃんと寅ちゃんと武文くん。
蓮次くんは参加しないのか聞いたら、武文くんが「あいつぁ要領がいいからな…勉強なんざしなくても点がとれるようなやつなんだよ」ケッ、と不機嫌そうに言った。

「じゃあがんばろっか」

そして勉強会はスタートしたのだが。

「「「飽きた!!!」」」

開始早々10分で3人から声が上がった。

「早いよ!」

まだノートに1行しか書かれてないのに既にやる気のない3人。
シャーペンはテーブルに3本投げ捨てられていた。

「もうちょっとだけ頑張ろうよ3人とも…」

はぁ…と心の中でため息を吐きつつ、それぞれ投げ捨てたシャーペンを持たせてぶすくれる3人を再び机に向かわせた。
その後、たくさんの休憩をはさみながらなんとか3人に基礎を教えて、花ちゃんから「終わったー!」との声が上がった頃には既に夜になっていた。

「ありがとなー歩巳!おかげで留年しなくてすみそうだ!」

にっこり笑って言う花ちゃんを見て僕も笑った。
夕飯をごちそうになってたら、マリ姉さんが「明日は休みでしょ?泊まっていきなさいよ」と言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。

「ふぅ…ふふ、今日は楽しかったなぁ」

湯船に浸かりながらポツリと独り言をもらす。
友だちと勉強会なんてしたことなかったから、今日はすごく新鮮で楽しかった。
真剣な顔で教科書とにらめっこする武文くんが面白くて、つい笑っちゃったりもしたっけ。
そのたびに睨まれたけど。
そんなことを考えてたら、不意にドアの向こうから声がした。

『歩巳ー、着替えここに置いとくぞ。俺ァもう寝るけどよ、部屋は鍵開けとくからな』

ドキリとした。
今の今まで思い浮かべてた人物が急に現れて顔が熱くなる。

「あっ、う、うん!ありがと武文くん!」

慌てて返事を返すと、「おー、おやすみー」とあくびまじりの声が小さく聞こえた。
武文くんが持ってきてくれたかなり大きいスウェットを着て。
そのスウェットから香る武文くんのニオイにかなりドキドキしながら階段をあがった。
ドアノブを握る。
容易く回ったそれと同時に、キィ…と小さく音を立ててドアが開いた。
中は真っ暗。
奥で小さく寝息が聞こえて。
ほんとにぐっすり眠ってるみたいだ。
ゆっくり…音を立てないようにベッドに近づいて。
起こさないようにそっと布団をめくって。

「し、しつれーしまーす…」

小さく呟いてベッドに潜り込んだ。

「ん、ん…」

少し唸った武文くんはゆっくり寝返りを打って、顔をこっちに向けた。
そして再び聞こえる寝息。

「び、びっくりしたぁ…」

僕の方に伸ばされた腕を枕にして、鎖骨あたりにおでこをくっつけた。
武文くんの心音が聞こえる。

「えへへ…来ちゃった…明日、びっくりするかなぁ」

少し顔を上に向けると、僕がいることにも気づかずに眠ってる武文くんの顔。
ちょっといたずらをしたくなって。
少し身体を起こして、顔を近づけて。
ドキドキする心臓が聞こえませんようにと祈りながら。

「たけふみ、くん…」

小さく名前を呼んで。

寸前に「 …す、き…」と呟いて
唇を武文くんのそれに押し付けた。
ゆっくり、顔を離す。
暗くてよかったと本当に思う。
今の僕はきっと真っ赤だ。

「ね、寝よう…」

慌ててさっきの体勢に戻って武文くんの心音を聞いてると、だんだんと眠くなっていって…。

「…ぃ、おい、歩巳」

僕は武文くんに揺り起こされていた。

「んぅ…?あ、さ?おはよぉ…たけふみくん…ふあ…」

あくびを噛み殺しながら武文くんを見上げる。

「おう、おはよ。飯、もう出来てるってよ」

武文くんの大きな手が頭を撫でる。
少しだけ声が笑ってるから、きっと機嫌いいんだろうな。
眠い目を擦りながら下に行く準備をしてると、ギュッと抱きしめられた。

「ふぇ…?たけふみくん?」

どうしたの?と抱きしめてる武文くんを見上げると。

「昨日はあんな可愛いことしてくれやがって…」

耳元で囁かれて、途端に昨夜のことを思い出し眠気が吹っ飛ぶ。
それと同時に一気に耳まで熱くなった。

「お、起きてたの!?」

慌てて尋ねると、悪い顔をして「おう、お前が布団に入ってきたとこから起きてた」なんてニヤニヤしながら言うもんだから。

「いじわる!」

顔を熱くしながらそう言うと、軽くキスをされて。

「どっちがだよ。あんなことされたおかげで俺は眠れなかったんだぞ」

いじわる、と返されて、僕は「うぅ…」と俯くしかなかった。

ご飯を食べたあとすぐ部屋に連れていかれて。
気付いたら夕方になってた。
…その日も泊まったのは言うまでもない。

おしまい



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