赤い提灯に太鼓の音。
賑わう屋台と美味しそうな匂い。
会場に入ってもいないのに僕は感動していた。

「すごいなぁ…」

僕は今、護国神社の夏祭りに来ていた。

きっかけは寅ちゃん。

「今度の土曜日、護国神社で夏祭りがあるんだって!」

歩巳も行こうよ、と笑顔で誘ってくれた。

「夏祭りかぁ…僕初めてだよ」

友達なんてろくにいなかった僕を祭りに誘ってくれる人なんてもちろんいなくて。
だから寅ちゃんからのお誘いはほんとに嬉しかった。

「じゃあ土曜日に、神社の階段したの鳥居で待ち合わせね!」

ちゃんと浴衣着てくるんだぞー!と手を振る寅ちゃん。
僕も「うん!」と返して手を振った。
祭りに行ったことなかったから浴衣なんて持ってない。
仕事から帰ってきた母さんに「夏祭りに誘われたから」ってお願いして、お小遣いをもらった。
それで浴衣を買ったんだ。

「寅ちゃんまだかなぁ…」

祭りはもう始まっている。
母さんに着付けてもらった浴衣はやっぱり着慣れなくて。
それにチラチラこちらを見る人もいた。
その視線が恥ずかしくてずっと下を向いていた。

「悪ぃ、待ったか?」

ふと、投げかけられた声。
正面を向くと、黒い甚平姿の武文くんがいて。

「え、あ…た、武文くん?なんで…」

思ってもみなかった人物の登場に僕はドキドキして顔が赤くなってしまう。

「お前がここで待ってるって、寅が言ってたから」

武文くんにそう言われて初めて僕は寅ちゃんにハメられたと知った。
今度会ったらなにか奢ってあげよう…。

「じゃ、行くか」

ほれ、と左手を差し出した武文くん。

「えっ、」

て、手を繋ぐの?こんなに人がいるのに?
僕がグルグル考えてると、右手を掴まれて。

「…はぐれちまうといけねーからな」

武文くんはそっぽを向きながらぶっきらぼうに言った。


「うわぁ…!すごい!」

鳥居をくぐって階段を上るとそこはまさしく別世界。
鮮やかで、賑やかで、食欲をそそる匂いが充満してて。
何もかも初めて見る光景。

「いこ、武文くん!」

武文くんの腕をグイグイ引っ張る。
さっきまで手を繋ぐこともためらってた僕はどこに行ったんだろ?って思うくらい、僕は興奮してた。

「こら歩巳、あんまり引っ張んな」

そう言ってる武文くんの顔は穏やかだ。

「あっ、ご、ごめんっ」

慌てて腕を離す。
自分のしたことが急に恥ずかしくなって、顔を俯かせる。

けど、武文くんはそんな僕の頭を大きい手で撫でて。

「気にすんな。ほら、どこ行きてーんだ?」

お前の行きたいとこ連れてけよ、って笑ってくれたんだ。

そこからは色んなことをした。
金魚すくいで僕が1回で2匹同時に取れたのに対して、武文くんが全然取れなくて。
5回挑戦してやっと1匹取れて、2人で大喜びした。
屋台もたくさん見て回った。
どうやら鈴蘭の先輩も焼きそばの屋台を出してたらしくて。
武文くんと2人で顔を見せに行ったとき、バンダナを頭に巻いて、頬に傷のある人に「見せつけてくれるじゃねーか」ってからかわれて、僕は思わず顔を赤くしてしまった。
その人のところで買った焼きそばを食べて少し休んでたら、武文くんがいつの間にかりんご飴を買ってきてて。

「お前、これ食ったことねーだろ」

食ってみろ、って僕にくれたんだ。

「ん、…っ!おいしい!これすごくおいしいよ!」

夢中でりんご飴を食べる僕のこと、武文くんはずっと見てて。

「俺も味見していいか?」

そう言われて、武文くんも食べたかったんだって思うとちょっとおかしくて。
「どうぞ」ってりんご飴を差し出したら。
そのまま手首を掴まれて。

「こっちでいい」

って、武文くんの顔が近づいてきて。

「んっ、んぅ」

唇を舐められ、そのままキスをされた。
そのうち唇が離れていって。

「ん、…甘いな」

って武文くんの声が聞こえてやっと僕は正気に戻った。

「っ、はぁ…はぁ、もう!武文くんのばか!」

頬が熱い。
絶対顔真っ赤になってる。

「はは、悪ぃ。なんか我慢出来なくてよ」

そう言いながら笑って僕の頭を撫でる武文くん。

「もう…」

僕は武文くんのこういう無邪気な笑顔が苦手だ。
なにをされても許してしまいそうになる。
今だって…ちょっと嬉しいなんて思ってる自分がいて。
だめだなぁ僕は。
武文くんにすぐ絆されちゃう。

「歩巳、そろそろ花火が始まるらしいぞ」

色々考えてると、武文くんが僕を呼んだ。

「どこでやるの?」

尋ねると、武文くんも分かってないらしかった。
それでも人の流れに乗るように歩いてると、武文くんが急に止まって。
慌ててぶつかりそうになった。

「わ、っ…どうしたの?」

武文くんを見上げると、照れて頬を掻きながら「…お前人ごみ苦手だろ。なんだったら2人で花火しねーか」って言ってくれた。

人気のない神社。
武文くんがいつの間にか買ってた花火セットを開けて線香花火を2本取って、石段に座ってライターで火をつけた。
中心にある赤い玉が柔らかい火花を散らして。
すごく鮮やかで綺麗で儚くて。
しばらくうっとりと眺めてると、ふと花火の向こうにいる武文くんと目が合った。

「綺麗だな」

ポツリと独り言みたいに、だけどすんなり僕の耳にその言葉は入ってきて。

「うん…綺麗」

同じようにポツリと呟いた。

そのうち、ポトリと僕の線香花火の赤い玉が落ちて。
そのすぐあと武文くんのそれが落ちて、僕らは柔らかな闇に包まれた。
彼がこちらに向かって動く気配がする。

「たけふみ、くん?」

恐る恐る声をかけると、「…歩巳」と切ない声が返ってきた。
頬に、優しく手を添えられる。
いつもより熱い手。
心臓の音が、すごくうるさい。
ドキドキしながらその大きな手に僕の手を重ねると、目の前にいる彼の息がすぐ近くまで迫ってるのが分かって。
キスされる、そう思って目を閉じたその時。

ヒュ〜〜………ドォォォ……ン

花火の打ち上がる音がして。
慌ててお互いの身体を離した。

「…花火、見に行くか」
「う、…うん」

開けた場所で花火を見る。
その明かりで少し見えた武文くんの顔は、少し赤くなってて。
武文くんでもこれだけ赤くなってるんだから、きっと僕の顔は、あのりんご飴よりも真っ赤になってるんだろうな。
そう思いながら、ぼーっと花火を見つめる武文くんの左手を握った。

「武文くん」

僕が名前を呼ぶと照れたようにこちらを見て。

「…なんだ」

とぶっきらぼうな返事がきた。

「今日はありがとう…僕、武文くんと一緒で楽しかった」

次も一緒に来ようね、と笑うと、「………ぉぅ」と小さい声が返ってきた。


おしまい




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