歩巳が好きだと告げたことで、2人は密やかに、だが確かに恋仲へと発展していった

「卒業するまで触れ合うだけのキス以上はしない」

そう約束したおかげで、2人の関係は清いまま続いていた

会わない間に迫田の髪型が変わってしまって驚かされたが、それはそれで似合っていたので歩巳は素直にそう告げた
ホッとしたように笑った迫田を見て、そういえば彼はいつも髪型を変えると自分に必ず報告してたなあ、と思い出し、こういうところは昔も今も変わらないのだと感じて、自然と笑みがこぼれた

「じゃあまたね、武文くん」
「おう…またな」
「んっ、う…」

帰りは歩巳が下宿先まで送ることが習慣になっていた
降りるときは必ずキスを交わして束の間の別れを惜しんだ
その日もいつものようにキスをして、下宿先の玄関を開ける迫田を見届けてからエンジンをかけた
いざ車を出そうとすると、先ほど家の中に入ったはずの迫田が勢いよく飛び出してこちらへダッシュしてくるのが見えた
忘れ物でもしたのかと思ったが、それにしては様子がおかしい
不思議に思いながらも、歩巳は車を止めた

「どうしたの?なにか忘れ物でもした?」

窓をあけて尋ねると、迫田は息を荒くしながら首を横に振った

「夕飯、一緒に食べないかってよ」
「え?」

迫田が口にした言葉は、夕飯へのお誘いだった


梅星家の家人は、歩巳にしてみたら驚きの連続だった
黙っていればヤクザかと思う風貌と迫力の政司と、政司さんと同じ顔で女性のように振る舞うマリ(政司は「靖司」と呼んでいた)、そして迫田の同級生だという4人
個性的な面々に歩巳がポカーンとしていると、政司に頭を下げられた

「うちの迫田がいつもご迷惑おかけしています」
「め、迷惑だなんてそんな…迫田くんにはいつも助けてもらってるんです」

むしろ迷惑かけてるのは僕のほうで…と歩巳が申し訳なさそうにすると、顔を上げた政司は「そんなことはありませんよ…今日はゆっくりしていってください」と優しく微笑んだ

大家族というのはこんな感じなのかと、歩巳は密かに感動していた
テーブルに並べられた大盛りの惣菜の数々
いただきますの声とともに争奪戦が開始され、山のように盛られていた唐揚げやらなにやらはすぐになくなってしまった

「ん〜!うまい!」

美味しそうに唐揚げを食べている丸坊主の男の子(確か花という名前だった)は、呆然としている歩巳に「歩巳さん、ちゃんと食べてますか?マリ姉の料理は全部美味いっすよ!」とニコニコしながら唐揚げを歩巳の皿へおすそ分けしてきた

「あ、ありがと花くん…すごいね。いつもこうなの?」
「だいたいこんな感じっすね!」
「毎日こうだと楽しいだろうだなぁ」
「はい!楽しいっす!」

本当に楽しそうに笑う花につられて歩巳も笑顔を見せた

「マリ姉さん、ご飯すごく美味しかったです。ありがとうございます」

食器を片付けに台所へ持っていくと、マリがちょうど一服しているところだった
素直にお礼を告げると、「あら嬉しいわ〜!朝食も腕を振るうから期待してちょうだい!」と言われ、「朝食?」と歩巳は首を傾げた

「だってアンタ、今日泊まってくんでしょ?」

明日は日曜だし、と当たり前のように言ったマリに歩巳は慌てて否定した

「い、いや、もう帰ろうかと思って、挨拶を…」
「何言ってんの。せっかくだし泊まっていきなさい!」
「あの、拒否権は…」
「あるわけないでしょ」
「うぅ…」

僅かな抵抗も虚しく、結局歩巳は朝食までご馳走になることとなった

「うちに使ってない車庫あるからそこに車入れなさい」

とマリに言われるがまま、歩巳は車をそこに移動させた

「…なんでこんなことに………はぁ……」

エンジンを切ってから、歩巳は深くため息をついた
知り合いと呼べるのは迫田しかいない
おそらく同じ部屋で寝るのだろう、と考えた歩巳は顔に熱が集まるのを感じた

「うぅ……今から緊張してきた……」

ドキドキと高鳴る鼓動を必死に落ち着けて、平静を装いながら歩巳はゆっくりと梅星家の玄関を開けたのだった


……To be continued




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