迫田武文は歩巳が初めて受けもった子どもの1人だった
ほかの子どもたちから頼りにされていて、言わばガキ大将のような感じだったと歩巳は覚えている
そんな彼はいつも歩巳の後ろをついてまわっていた

「武文くん、お友だちと遊ばなくていいの?」
「…おれ、センセーのじゃましてる?」

ずっとついてまわるので、ほかの子からいじめられてるのかと(有り得ないとは思ったものの)心配になった歩巳が尋ねたら、不安そうな顔でそう言われ「じゃまじゃないんだけど…退屈じゃない?」と返して頭を撫でた

「センセーといっしょだから、たのしい」

満面の笑みでそう言われ、嬉しさと愛おしさがないまぜになって思わずぎゅっと抱きしめた

そんな可愛かった男の子は、まだ未成年なのに煙草を吸う姿が様になってしまっていた

(僕ら、周りからどう見えてるんだろ…)

そう思いながら、歩巳は迫田の手にあるまだ火のついている煙草を取り上げた

「あ!」
「未成年なんだから煙草はだーめ」

そのまま灰皿に押しつけると、「あー…もったいねぇ」と落胆の声が聞こえた

歩巳と迫田は保育園からほど近いファミレスに来ていた
たまたま午前終わりだった歩巳は急いで帰り支度を済ませ、「どこか座って話せる場所に」とここを選んだ

「それにしても…ふふ、ホントに大きくなったね」

僕より大きいや、と煙草を奪われ手持ち無沙汰になっていた迫田の手をとり、自身の手と大きさを比較しながら嬉しそうに歩巳は笑った

「…せんせ」
「ん?なに、武文くん…っ、あ」

迫田は自分より小さいその手をギュッと握った

「センセーとした約束、俺ずっと忘れなかった」

真剣な眼差しで見つめられ、歩巳は視線を逸らすことができない

「俺、大きくなったぞ」
「った、武文く…」
「約束どおり、あんたを嫁にもらう」

迫田はそう告げ、歩巳の唇へ指を這わせた
そして顔を近づけキスしようとしたその時

「ま、まだダメ!」
「ぶへっ!?」

歩巳の手にそれを阻まれたのだった

「なんで」

ムスッとして不機嫌を隠しもしない迫田に、歩巳は「まだ僕らには早いよ…」と赤くなった顔を隠すように俯き小さく呟いた

「…だったらいつならいいんだよ」
「…そ、卒業したら……いいよ?」

歩巳がそう言うと、迫田は「言ったな?」と凶悪な笑みを浮かべた

「センセ、携帯貸せ。……よし、連絡先登録しといた」
「あ、うん」

ファミレスを出る頃には夕陽が周りをオレンジに染めていた
下宿しているという迫田を送るため、歩巳は車を走らせていた

「これならいつでもお話できるね」
「そーだな」

嬉しそうな歩巳とは裏腹に、下宿先が近づいてきた迫田のテンションは下がり気味だった

(今度はいつ会えんのかな…)

夕焼けから夜景に変わっていく窓の外を眺めながら、迫田はため息をついた


「そこ曲がって…ここでいい」

『梅星一家』と書かれた大きめの家の前で、歩巳は車を止めた

「じゃあまたね。武文くん」

ニコニコと笑みを浮かべた歩巳に我慢できなくなった迫田は、運転席を倒しそこに覆いかぶさった

「ん、っ!」

唇を重ねただけの簡単なキスはたった数秒、そしてゆっくりと名残惜しそうに離れた

「っ…な、んで…」
「…このくらいのキスはいいだろ」

じゃねーと我慢できねー、と耳元で囁くと、歩巳は暗闇でも分かるほど顔を赤く染めた

「わ、わかった…このくらいの、キス…なら……」

蚊の鳴くような声で聞こえた答えに満足した迫田は、先程までの沈んだ気持ちはどこへ行ったのかというほど楽しそうに「またな、センセ」とその頬に口付けた

そして家に入っていった迫田を見届けたあと、歩巳ははぁ〜〜と長い息を吐いてハンドルに頭を預けた

「…あんな武文くん、知らない…」

キスの感触を確かめるように唇をなぞり、触れ合った瞬間の熱さと柔らかさを思い出しつつ、迫田の目に映った情欲を見てしまった自分は、これから先どうなってしまうのかと期待するとともに不安も感じる歩巳であった

……To be continued




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