おそらく、あいつらが気づくより早く俺は知っていた。

ゼットンの野郎が1年にやられて、その上憧れだった坊屋さんも何処かに消えて。
平気なわけがない。
だがあいつは弱さを見せるようなやつじゃない。
俺らの前では「仕方ねーよ。これが鈴蘭ってもんだ」っていつも通り馬鹿みたいに笑ってやがった。

その何日か後、俺はゼットンに屋上へ来るように言われた。
「大事な話がある」と。

屋上へ向かうと、奴はいつものソファーに寝そべりながら「よー秀吉。まぁこっち座れ」と向かいの方を指さした。

こいつの言う大事な話は。

「オレ、坊屋さんのこと好きだったのかもしれねー」

キスしたいとかそーいうんじゃなくてな、という…まぁ恋愛相談みたいなものだった。

ゼットンの話を聞いて、俺の出した結論。

「それ、好きとは違うんじゃねーか」

ゼットンは訝しげな目で俺を見ていた。

「お前のそれは、ただの憧れだ。恋とかそういうもんじゃねーよ」

煙草の煙を吐き出しながらそう告げると。
「なんでそう言い切れるんだ」となおも疑いの目を向けた。

俺が「これだから恋愛初心者は」と鼻で笑うと、ギクリとした顔をした。

「だいたいお前、好きなのにキスがしたいわけじゃねーってなんだよ。好きならキスだってそれ以上だってしたくなるもんだろ」

小さい目を丸くする目の前の男に俺は「それによ、」と続けて

「ほんとに好きならそんなあっさり諦めなんかつかねーよ」

…ようやく納得がいったようだ。
「なるほど…」と小さく呟くゼットンに「煙草が切れた。買ってくる」と言い残して屋上を出た。

「ん…」

屋上を下りる階段にコメが俯きがちに立っていた。

「何してんだお前」

尋ねても、「いや…別に」とはぐらかされた。

「ふーん…
   ゼットンならソファーで寝てるぞ」

そう告げると、勢いよく顔をあげたコメ。

「え、あ…そ、そうか…」

少し頬が染まっている。
俺が階段を下りても、コメはしばらくそのまま立っていた。

財布を取りに教室へ行くと、マサに会った。

「あ!いいところに!間違えて秀吉のタバコ買っちまったからやるよ」

そう言って箱ごと渡してきたマサ。
「サンキューな」と告げると「あとで金よこせよー?」と笑った。

煙草も手に入ったので再び屋上に向かう。
階段にいたはずのコメはいなくなっていて。
代わりに屋上に2つ、人の気配があった。

あいつらがお互いに片思いをしていることを、俺は誰よりも先に気づいた。
ゼットンがコメを呼べば嬉しそうに反応するし。
コメを見るゼットンの視線は俺らを見るそれよりも熱を帯びていて。

極めつけは、あれだな。

たまたまゼットンとコメが2人でいるところを目撃したことがあった。
その時のゼットンを呼ぶ声。
切なくて、今にも泣きそうな声。
その声を聞いたとき、こいつはゼットンに恋をしているって確信したんだ。

ゼットンは、俺とコメが2人で歩いてると邪魔をしてくる。
わざとらしくコメを呼ぶんだ。
マサや軍司なら呼ばねーのに、俺といる時だけ。
明らかに嫉妬してるじゃねーか。
コメはコメで嬉しそうにしてるもんだから俺も何も言わなかった。

そして、今も。

いけないとは分かりつつ、そっと音を立てずにドアを開ける。

そこには。
寝ているゼットンに、泣きそうな顔で愛おしそうにキスをするコメの姿が、あった。

俺はわざと音を立てた。
コメはハッとした顔をして、慌てて立ち上がり屋上のドアを開けた。

「ひで、よ、し…」

何かを耐えているような、そんな顔で俺の名を呟く目の前の男。

「どうした、なにかあったか?」

うん、我ながらいい演技だ。

「っ、いや、別に……俺、帰るわ」

それだけ言うと、俺に背中を向けて、1度も振り返らず階段を下りていった。

屋上に入るとゼットンが間抜けな顔をしていた。

「…何してんだおめーら」

俺は呆れて、煙草に火をつけた。
そして一言だけ。

「…追いかけなくていいのか?」

その一言で目が覚めたらしいゼットンが、全速力で屋上を飛び出していった。
馬鹿でかい声でアイツを呼んでいる。
学校中に響き渡るようなその声に思わず笑いながら。

「青春してんなー」

独り言をポツリ。

俺の初恋はあっけなく散ってしまったから。
せめてあいつらの初恋だけでも、叶ってもらいたいもんだ。


おしまい




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