オレがあいつを好きになったのはいつからだろう。

2年になって色んなことがあった。
オレは1年に負けるわ、坊屋さんは留年したあと退学しちまってどこへ行ったかも行方知れず。
もう散々だ。
まぁでも、あいつらには弱気になってるとこ見せられねーからな。

「仕方ねーよ。これが鈴蘭ってもんだ」

そう自分に言い聞かせて、いつものように笑ってみせた。

オレは、正直坊屋さんが好きだったんだと思う。
でもそれは、キスしたいとかそういうんじゃなくて。
ただ側にいたい、この人の隣でこの人と同じものが見てみたいっていう感じのものだった。
でも坊屋さんはオレに隣を歩かせてはくれなくて。
オレに見えていたのは、坊屋さんの背中だけだったんだ。
それでも必死になって隣に並ぼうと、がむしゃらに走って。
追いついたと思ったら、いつの間にか遠くにいて。
ずっと、それの繰り返し。
だからあの人が退学して行方知れずになったとき。
ようやく、諦めることができて。


「それ、好きとは違うんじゃねーか」
目の前に座る秀吉が煙草の煙を吐きながらそう言った。
ここはいつもの屋上。
そこに置かれてるソファーに寝そべりながら、オレは秀吉に坊屋さんへの思いを打ち明けていた。
なぜかって?こいつが一番そういうことに詳しそうだったからだ。

「お前のそれは、ただの憧れだ。恋とかそういうもんじゃねーよ」

そうなんだろうか。

「なんでそう言い切れるんだ」
そう聞くと、秀吉は「これだから恋愛初心者は」と鼻で笑った。

「だいたいお前、好きなのにキスがしたいわけじゃねーってなんだよ。好きならキスだってそれ以上だってしたくなるもんだろ」

言われてみれば確かにそうだ。

「それによ、」と続けて

「ほんとに好きならそんなあっさり諦めなんかつかねーよ」

吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、秀吉は「煙草が切れた。買ってくる」と言い残して屋上を出て行った。

そうか、オレは坊屋さんに憧れていたのか。
秀吉に言われて、妙に納得してしまった。
納得したら妙に眠くなってきたので、近くにあったアイマスクを装着して昼寝することにした。

…人の気配がする。
秀吉か?

「…ゼットン」

違う。
さっきの秀吉より距離が近い。
この声は…コメだ。

コメだと分かった瞬間、オレは自分の心臓がバクバクしてるのを感じた。
コメがオレを見るときの目が、ほかの連中と違うことに気づいたのはいつだったか。
オレが呼ぶと心なしか嬉しそうにしているのを見てドキリとしたのは。

寝ているオレに、お前はいつもそんな切ない声をかけていたのか?

どんな顔をして、オレを呼んでいるんだ?
コメの顔が見たくなってわざとらしく「ん〜」と唸り、オレはコメの方を向いて。
息を呑む音が聞こえた。
オレが寝息をたてる振りをすると、安心したように息を吐き。

ポツリと。

「…薄情だな、俺は」

そう呟いた。

そういえばさっき秀吉が「コメが彼女に振られたらしい」と言っていた。
その事を言っているのか、と思っていると。
コメが動いた気配がした。

ザリ、と靴が擦れる音がして。

息のかかる距離で。

「ゼットン…   好き、だ」

声を震わせながらそう告げたコメに。

触れるだけの、キスをされた。

それはすぐに離れていき、それと一緒にコメの気配も遠ざかって。
バタン、とドアの閉まる音が聞こえた。
急いでアイマスクを外し、慌てて起き上がると。

「…何してんだおめーら」

秀吉が新しい煙草を吸いながら、呆れた顔でこっちを見ていた。




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