1度その仕事が成功すると同じ仕事がどんどん舞い込んでくる
ここはそういう世界だ
子役として活動してたときの知り合いに会うことも多い現場では周りが気を遣うため、笑顔を絶やせない
だから、ドラマ撮影の現場はバラエティよりも気苦労が多くてしんどくて
メンバーのいる寮に帰ってくると、いつからかホッとするようになった

(……ドラマの仕事なんて受けなきゃよかった)

ドラマの仕事が決まるたびそう思うが、うちはまだまだ売り出し中のグループだ
世の中に名前を知ってもらうためには仕方ないことだと割り切っている
マネージャーは毎回申し訳なさそうにしているが、「大丈夫。いつもありがとな」と笑うと、ホッとしたように笑顔を見せてくれる
もちろんマネージャーへの言葉に嘘はない
だけど毎回逃げ出したくなることも事実なんだ


「今日はキスシーンがあるからね。…まぁ君なら大丈夫だと思うけど。今回ハマり役だよ!」
「…頑張ります」

今回のドラマの仕事はいつも以上に気が乗らない役だった
主人公の部下という立ち位置だが仕事のできる男で、主人公のことを見下しており、そしてその彼女を狙っている
今日はその彼女に交際を迫り、嫌がる彼女へ無理やりキスをするというシーンだった

(……俺、割と純愛派なんだけどなぁ)

そんな気持ちにもなりながら仕事だからと気を引き締めて役に入る
役者モードに入ると何も考えなくていいから楽だった

撮影は思ったよりも難航した
監督の考えるキスシーンになかなかならず、相手役の女優と何度もキスをするハメになった

「カァット!!うん、いいのが撮れた!お疲れさまーー!」

ようやく終わった頃には既に日付が変わっていた

「お疲れ様です」

いつもの撮影以上に疲れていたので、挨拶もそこそこにスタジオを出た

(今日の夕飯当番は確かミツだったよな……食いそびれた……)

はぁ…とため息をつきつつ、なるべく急いで帰るために早歩きで楽屋へ向かっていると、不意に声をかけられた

「二階堂くん」

振り返るとそこには先ほどまで一緒にいた女優が立っていた

「…お疲れ様です」

軽く会釈をして横を通り過ぎようとするが、するりと腕を組まれ寄りかかってきた

「ねぇ、今夜は私と過ごさない?」

赤く塗られた唇が弧を描きながら甘く囁かれた言葉に他の男なら絆されるのだろうか

「すいません、急いでるんで」

ニコリと笑ってそう告げ、組んでた腕が緩んだスキにそそくさとその場から逃げた

「ちょ、ちょっと!待ってよ!!ねぇ!お願いだから!!」

必死に叫ぶ女優の声なんて聞こえないし聞きたくもない
目上の人間にゴマをすられることなんてとうの昔に慣れてしまった

(どうせアンタらは俺を見ちゃいないんだろ)


楽屋に着くと、真っ先に化粧を落として念入りにうがいをした

「…、あースッキリした」

衣装から私服に着替えて、少し伸びをする
今日の仕事で唯一良かったのは、寮から比較的近いことだ

(もうアイツら寝てるだろうな…)

そう思いながらカバンを持って楽屋を出た


「…ただいまー」

寮の玄関を開けると、やはり電気は点いていなかった
寝てる彼らを起こさないようドアをゆっくりと閉めた

「おかえり」
「うぉっ!?た、ただいま」

唐突に聞こえた返事に思わず変な声が出てしまった

「ふは、なんだ今の声」

そこには肩を震わせて笑う橙頭…三月が立っていた

「なんだミツか…驚かせんなよ」
「驚かせるつもりはなかったんだけどな」

そう言って笑う三月につられて、気がつけばこちらも自然と笑顔になっていた


「腹減ったろ?寝る前だし軽めのものなにか作ってやる。先に風呂入ってこいよ」

キッチンに立った三月の声に「ありがとなー」と返事をしつつ、脱衣所へ向かった
浴室に入ると既に湯船に湯が張ってあり、身体を洗ってからゆっくり肩まで浸かると「あ゛〜…」と本当におっさんみたいな声が出てしまった

(落ち着く……)

深呼吸して天井を仰ぐ
利用するだけ利用して去るつもりだったこのグループが、自分にとってかけがえのないものになっていたのはいつからなんだろう
リーダーと呼ばれて、頼りにしてると言われて
色んな思いでアイドルになったメンバーの成長を見ているうちに、とても好きになっていた
この居場所を守りたいなんて、柄でもないことを思うようになっていた

「おーい、おっさーん」

コンコン、と浴室のドアがノックされ三月の声が聞こえた

「っ!な、なんだー?」

考えごとをしていたらウトウトしていたようだ
頭が一気に覚醒して慌てて返事をした

「着替え忘れてたから置いとくなー。風呂場で寝るなよー?」
「あ、ああ。ありがとな」

脱衣所の扉が閉まる音を確認して、湯船から上がった


(母親みたいだな…なんて言ったら怒るか)

きちんと畳んで置かれていた着替えを身につけながらそんなことを考えていたら、その顔を想像してしまいプッと吹き出した
タオルで髪を拭きながらリビングへ戻ると、三月がビール片手に深夜番組を見ていた

「寝なくていいのか?成長止まるぞ」
「うるせーよ!明日はオフだからいいんだ。あんたもだろ?仕方ねーから晩酌に付き合ってやるよ」

ほら、と渡されたのはキンキンに冷えた缶ビール
プルタブを上げるとプシュッと音が漏れた

「仕事、お疲れさん」

ニッと笑ってお互いの缶の底をぶつけて呷る
喉を通過するピリピリとした刺激がたまらなく美味くて、ごくごくと音を立てて飲んだ

「ぷはーっ!」

半分ほど一気に飲み干し、袖で拭う

「おっさんかよ!」
「うるせー!っあー、疲れた時と風呂上がりはやっぱビールだな」
「だな!」

ししし、と笑う三月に釣られて笑う
先ほど三月が作ってくれていた夜食もこれまた酒によく合うツマミで、箸とビールが止まらない


気がつけば世界が回っていて、ソファーに埋もれた

「おっさーん?大丈夫かー?」
「んぁー…へーきへーき」

どこからか三月の声がするがどこにいるか分からずとりあえず返事を返した

「今日はハイペースで飲んでたからな…部屋まで行けるかー?」
「んー………」
「……ダメだこりゃ」

はー、とため息が聞こえる
困った顔してるんだろうなぁ、と思うが目が開かない
意識もなくなりそうだ
リビングのドアが閉まる音が聞こえた

(ミツ…呆れて部屋に戻ったか)

ちょっと寂しいと思ったが、時間も時間だし仕方がない

そのまま寝るためにいい位置を探して寝返りをうっていると、リビングのドアが開く音がした

(……だれだ?)

ひたひたと静かにこちらへ近づく足音

「もう寝たかな…」

それは先ほど出ていったはずの三月だった

(ミツ?)

疑問に思いながらも、急に起きて驚かせてやろうと思っているとふわりと毛布が掛けられた

「風邪引かないようにな…おやすみ。お疲れ、大和さん」

聞いたことのない優しい声色とともに、優しく頭を撫でられ額にキスを落とされ…アドリブと無茶ブリには自信があったのに固まってしまった
そして再びリビングのドアを閉める音が聞こえると、勢いよく身体を起こした

(なんだ…なんだ今の…!)

頭を撫でる動きと額に落とされた柔らかい感触を何度も思い返す
心臓の音がうるさい
そういえば、手料理を食べたくて帰りたいと思ってしまうほど飯が美味いとか、帰ってきたとき待っててくれたこととか、着替えを畳んで置いてくれてるとことか、晩酌に付き合ってくれたりとか…考えれば考えるほど頭から離れなくなっていった

「……俺のタイプどストライクなんだけど……やばいな…明日からまっすぐ見れないかも…」

気がついてからではもう遅い
あの眩しいほど煌めいた笑顔が恋しい
もっと頑張ったら今日のようにしてくれるだろうか
そうだとすれば、父親の陰に媚を売る連中が大勢いるドラマ撮影にも、好きでもない相手とのラブシーンにも耐えられる気がした


「………あー…ミツと結婚したい……」

ポロッと口に出した酔っ払いの本音は幸い誰にも聞かれることはなかった


おしまい!




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