目の前で銃を突きつけられているにも関わらず、彼は不敵に笑っていた。
「…なにがおかしい」
「別になにも。ただ…」
「ただ?」
不意に黙った彼に急かすように続きを促す。
「あんたになら、いいかなって」
そう言って無邪気な笑顔を見せた相手に、今まさに殺そうとしているというのに。
(ああ、神様)
あなたはなんと残酷なのか
ずっと追い続けていた。
最初に彼の事件と関わった日から今日まで、忘れたことなど一度としてなかった。
彼のことはなんでも知っていた。
様々な凶悪犯罪の影には必ず彼が絡んでいたし、彼が事件を起こす前、必ず自分の前に現れることも知っていた。
『お前には捕まらない』とからかわれていると思っていた。
だからこそ捕まえてやろうと思ったし、他の誰にも彼を捕まえさせたくなかった。
だから、彼が一連の凶悪犯罪全ての首謀者だ、と知った時。
銃殺許可すら出ている異例の事態の真っ只中。
彼は自らビルの屋上に追い込まれ、殺されようとしていた。
「…っ、なんで」
唇を噛み締め、俯きながら辛うじて出た問いかけ。
「好き、だから…かな」
返されたその答えと少し震えた声にハッと顔を上げるが、彼の顔は微塵も変わらず笑顔のままだった。
「あんたに一目惚れしたんだ」
だから、殺されるならあんたがいい
そう言って笑う彼にもう迷いはなかった。
眼下にはパトカーのランプがひしめいている。
彼にもう逃げ場はなかった。
引き金に人差し指をかける。
せめて彼が苦しまずに逝けるように、1発で。
銃を持つ手が震えていた。
「ユキ」
こっちを見て
その声にいつの間にか俯いてしまっていた顔をゆっくり上げる。
震えは止まっていた。
「モモ」
初めて名前を呼んだ。
嬉しそうに笑う彼めがけて引き金を引いた。
銃声が響く。
震える手から銃が零れ落ちた。
動かなくなった彼の手を握る。
「僕だって…っ」
思えば、最初からだった。
気が付かなければ、こんな気持ちにならなかったのに。
「僕だって……一目惚れだったんだ……っ」
きっと最初に見たあの日から
お互いに恋をしていたんだ。
終わり。
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