最期はとても穏やかなものだった。
二十四を過ぎた頃から身体が重くなっていき、あんなに好きだったおはぎが喉を通らなくなり、自分の意思とは関係なく睡魔が襲う。
そろそろだと思ったのはその時くらいからだ。
床に伏せるのはらしくないと思って、這ってでも縁側に出た。
雀の鳴き声と風に揺られる木々の囁きを聞きながら、日向ぼっこをするのが好きだった。
ある日から妙なものが見え始めた。
黒い着物に刀を携えて、まるで鬼殺隊のような装いの男がこちらをじっと見つめている。

(あァ、こいつはきっと死神だ)

一人で立ち上がることすら出来なくなった自分を迎えに来たのだろうか。
倒すべき鬼も、守るべき存在も、もう既にいない。
遺書も書いたし、言葉を伝えたい奴らにはもう伝えた。
事後処理は宇髄に頼んだから、あいつがなんとかしてくれるだろう。

「あんたが俺を連れてってくれんのかァ?」
「!!……見えるのか、俺が」
「見えちゃ悪いかよ」
「普通の人間には見えねぇんだけどなぁ、俺らは」

参った参った、と笑って頭を掻くその様子に内心拍子抜けした。

死神は、海燕と名乗った。

それから彼は最期まで話し相手になってくれた。

「お前が死んだら俺がちゃんと魂葬してやるからな。安心しろ」
「なんだァ、そりゃあ」
「お前さんらの言葉で言うと成仏、だな。ちゃんと尸魂界に送ってやるからな」
「そうる……なに?」
「死後の世界だ。俺が住んでるのもそこ。この世で死んだやつは大体そこにいくんだ」

海燕の話だと、死んだ後に行くのは天国などではなく『そうるそさえてぃ』という場所らしい。
そこは『るこんがい』と呼ばれる場所と『せいれいてい』と呼ばれる場所があり、海燕が住んでいるのは後者のほうらしい。
へぇ……と短く相槌を打つと「俺は実家が流魂街にあってな」とまた話し始めた。
この男はどうやらここで死んで向こうにいったわけではなく、元々の生まれが向こうらしい。
貴族階級なるものも存在しているらしく、海燕の家もかつては物凄い地位の貴族だったようだ。
「今は見る影もねぇけどな!」とアホみたいに笑う彼に、こちらもつられて笑ってしまった。

そのうちそんな会話もできないくらい、身体が弱ってきた。

口を開くのも、目を開けるのも億劫になっている。
しかし、そんな重い口を開けてまで海燕に確かめたいことがあった。


「……かい、えん」
「ん?なんだ?」
「なんで……お前は…ここに……」
「……俺の実家が流魂街にあるってのは言ったよな。そこで声かけられたんだよ。『兄貴がちゃんとこっちに来れるように導いてください』ってな」
「だ、れ…に……?」
「玄弥って言えば分かるって言ってたな。死神の素質があったから今実家で保護してんだよ」
「…………そ、か……。あいつ……向こうに…いるん、だな……」

海燕から聞いたとき、頬を暖かい液体が流れ落ちるのを感じた。

事切れたのはそれからすぐのことだった。
気がつくと縁側で力なく横たわる自身を見下ろしていて、胸には鎖が生えていたが身体とは繋がっていなかった。

「あァ、死んだのか俺は」

ポツリと呟くと、「感想それだけか?」と背後から呆れたような声がかかった。
そこに立っていたのは海燕で、ムッとした顔で両手を広げていた。
疑問符を浮かべながらその様子を見ていると、「あーもう!」
と焦れたように抱きしめられた。
慌てて引き剥がそうとするも思っていたより力が強くて全然離れない。
すると、海燕の手が頭に乗せられた。
「……よく生きたな、実弥。お疲れさん」と優しい声色とともに頭を撫でられた途端、堰を切ったように涙が溢れた。
海燕の背中に腕を回してしがみつき、子供のように泣きじゃくった。
海燕は「よくがんばった。お前はよくがんばったよ」と言いながら、背中を優しくさすってくれていた。


ひとしきり泣いて妙にスッキリした顔を見た海燕は、ゆっくりと刀を抜いた。
そして柄頭をこちらに向けてきた。
そのまま額に触れられたかと思ったら、身体が暖かくて柔らかい光に包まれた。

「先に向こうに行ってろー!後で玄弥に会わせてやるからな!」

笑顔でそんなことを言った海燕を最後に、俺は現世での生を終えた。



気がつくと村のような場所にいた。
どうやらここが流魂街らしく、なにやら長蛇の列が出来ていた。
整理券のようなものを配っているようで、ここから色んな地区に飛ばされるらしい。
受け取った紙に書かれていたのは『西流魂街一地区』という文字だけだった。
すると唐突に紙が燃えて全身を火に包まれた。
火達磨になった事実に慌てている間に火は消えていて、なぜか見知らぬ場所に立っていた。
どうやらここが西流魂街一地区らしい。
思っていたより人が多く、賑わっている様子が見てとれた。
村というよりは街という表現が正しいだろう。
甘味処もあれば装飾店もあって、なかなか居心地はいい。
キョロキョロと辺りを見ながら散歩していると、「実弥!」と声がかかった。

「海燕」
「結構賑わってるだろ。第一地区は比較的いい環境なんだよ。数字が大きくなるにつれて酷くなってくんだ」
「……へェ」
「それより俺の実家ここから近いんだよ。さっそく行こうぜ」
「えっ……はっ!?」

いきなりすぎる展開に混乱しているのをよそに、海燕はずんずんと実家へ続くであろう道を進んでいる。

「……どんな顔したらいいか、分からねぇよ」

呟いた小さい葛藤がどうやら耳に入ったらしく、海燕の足が止まった。
そしてこちらを振り向いて、乱暴に頭を撫でられた。

「そんなもん考えるだけ無駄だ。ただいまって言ったあと、弟妹たちの頭を優しく撫でてやりゃいいんだよ。兄貴ってのはそういうもんだろ」

な?と悪戯っぽく笑う姿に、毒気を抜かれた。
それと同時に、なにかがストンと落ちてきた。
すぐに歩みを再開した海燕に、今度はしっかりとついていく。


再会まで、あと少し。


おしまい




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