この世の存在意義を復讐というカタチでしか見いだせなかった俺に、生きる希望を与えてくれたのはルークだった
何も分からない、言語を発することさえ忘れた赤子同然のルーク
最初はなんで俺がこんなガキの子守を…なんて思っていたが、言葉の訓練をしていたある日

「が、い」
「!!」

唐突に名前を呼ばれ、驚きながら顔を向けるとルークはニパッと太陽のような笑顔を見せた

「〜〜!!!ナタリア様!!ナタリア様ー!!」

ルークが名前を呼んでくれた嬉しさと笑顔を見せてくれた感動を抑えきれず必死に王女を呼んだ

「ガイ、どうしました!?」
「ルークが!ルークが俺の名を呼んでくれたんです!」
「…なにごとかと思えば、なんですか!名を呼ばれたくらいで!」

慌ててとんできた彼女に若干早口で伝えると、とても冷たい目で睨まれてしまい思わず肩がすくんだ

記憶を失ったルークと過ごす毎日は驚きと発見の連続だった
徐々に言葉も覚え、なんとか歩くこともできるようになったルークを庭に連れ出したこともあった

「うわぁ…すごい!がい、すごいよ!」
「なにがすごいんだ?」
「んーとね、ぜんぶ!」

なにを見ても目を輝かせるルークはまだ覚束無い足どりで庭の色んなものを触っていた

「おそとはきもちいーね!がいといっしょ、たのしい!」

無邪気な笑顔を向けられて、ほんの少し胸が痛んだ
ルークの前では辛い顔や苦しい顔を見せるわけにはいかなかった
復讐のことだって、ルークといるとその思いが薄れていく自分がいることも分かっていた

「がいー」
「んー?」

庭の開けた場所で、ルークと一緒に寝転んだ
青い空に白い雲が浮かんでいて、心地よい

「がいといっしょ、たのしい」
「そっか」

隣の赤毛を優しく撫でると、照れたように笑った

「がいは?いっしょ、たのしい?」
「…っ」

不安げな瞳を向けられて、一瞬言葉に詰まった

「…、楽しいよ。すごく楽しい」

半分だけ嘘をついて、笑顔を向けた

「そっか、よかった!」

何も知らない無邪気な子どもは、「もっとなでて。がい、なでなできもちぃの」と俺の手に頬を擦り寄せてきた

いずれ分かってしまう、気づいてしまう真実だが、まだ知るべき時じゃない
俺自身よく分かっていないこの感情も、いつかわかる時が来るのだろうか
その時、果たして俺は今のように『いい兄貴分』を演じていられるだろうか
胸の奥がスッキリしないままスヤスヤと健やかな寝息をたてるルークを撫でて、顕になったその額に小さくキスをした


おわり



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