身体が緩やかに揺すられる。
それと同時に味噌汁のいい香りが鼻をくすぐる。
「大和さん」
少し高い声のトーンは、普段と違い落ち着いている。
ベッド脇に置いていた眼鏡を手探りで掴んでかけたあと、ゆるゆると上半身をゆっくり起こし、大きく欠伸をした。
「………はょ、ミツ」
「もう昼だけどな。おそよう大和さん」
寝癖すごいな、と俺の頭を撫でながら愛嬌のある笑顔を見せたミツを抱き寄せる。
「……いいにおい」
「ね、寝ぼけてんのか!?はーなーれーろー!」
「ミツの…においだ……」
「ぅ……そ、そっか。…まぁこうやって会うのは久しぶりだもんな」
ぐりぐりと額をミツの胸に押しつけて匂いを堪能する。
この胸の中ではそのままの自分をさらけ出してもいいんだ、と安心して泣きそうになる。
「柔らかい胸じゃなくてごめんなー」
そう笑いながらさっきとは違い優しく頭を撫でてくるミツに、「ミツじゃなきゃ、ダメだ」と少し鼻声になりながら言葉を返した。
ミツと同棲し始めてから、こんなに家を空けたのは初めてだった。
海外での映画撮影は3ヶ月を要し、その間アイドル活動どころか日本にすら帰れなかった。
メンバーとのグループラビチャが撮影終わりの癒しで、タマが期末テストで赤点を取った、とか、ソウのデスソースをタバスコと勘違いしたイチが泡吹いて倒れた、だとか、ナギがゲットした最新フィギュア一覧、とか…。
どれもこれもくだらないものだったが、不思議と胸の辺りがあたたかくなった。
ミツはそれ以外にも個人でラビチャを送ってきた。
『体調大丈夫か?』
『寒いだろうから暖かくして寝ろよ』
『仕事終わった?お疲れさま。一生懸命もいいけど、ほどほども大事だぞ』
その言葉一つ一つがあたたかさを含んでいて、そのあたたかさに触れられなくて。
言いようのない寂しさに駆られた。
会いたい。
ひたすらそれだけを思いながら、撮影を終えた。
空港を出たらマネージャーが迎えに来ていた。
寮で下ろしてもらって、お土産を渡した。
「向こうの話はまた今度な」
そう言って足早に寮を出ると、少し走りながら家路を急いだ。
早く、早く会いたい。
その一心で、走った。
家に着いて、ドアノブを捻った。
ガチャリ、音を立ててドアが開く。
音に気づいたのか、パタパタとスリッパの音が近づいてきた。
「ミツ…」
「あ、大和さん。……はは、すごい顔」
自分が今どんな顔をしてるかなんて知らない。
だけど走ってきて汗だくだし、ドアを開けた瞬間香ってきた味噌汁のいい匂いに鼻がツンと痛くなったし、家の奥からでてきたミツを見て涙が溢れたから、きっとひどい顔だったんだろう。
「大和さん」
そんな俺をぎゅっと抱きしめて、ミツは優しい声で「おかえり」と告げた。
「っ、た…だい、ま…」
会いたかった、と情けない声で言うと、ミツは「オレも」と言って抱きしめる力が強くなった。
飛行機の中で、色々考えていた。
帰ったら、抱きしめて、キスをして、指を絡ませて、いなかった分までひたすら愛を囁こう。
そんなことを考えていたのに。
いざ帰ってきたらまともな言葉なんて1つも言えなくて、会いたかった、寂しかったと子供のようにミツに縋り付いた。
溜まっていた疲れが一気に爆発したんだろう、その日は風呂から出るとろくに着替えることもなく電池が切れたように眠りについた(らしい。ミツが言ってた)。
「いい加減離れろ!」と勢いよく剥がされ、額に強めのデコピンをされた。
「いっ!?……ミツ、お兄さんはもっと労わってほしい……」
ヒリヒリするそこを抑え抗議の目を向けるがミツは悪戯っ子のような笑みを向けるだけ。
「ご飯食べるだろ?あっためてるから、着替えたらすぐ来いよ」
そう言って部屋を出てパタン、とドアを閉めたミツ。
ドア越しで聞こえる鼻歌は微妙に音がズレたりするが、それがとてもほっこりした。
「……愛されてるな…」
起こした身体を再びベッドへ沈める。
既に痛みの引いた額に手を当てて、その満足感を噛み締める。
あの声が、仕草が、表情が、匂いが。
心地よくて、可愛らしくて、愛おしくて、癒されて。
「……泣きそう」
これが幸せってことか、そう独りごちたあと、小さく笑みが零れた。
ベッドに寝転がってすやすや寝息を立てる俺に、あまりにも遅いので再び部屋を訪れたミツがキレてボディプレスをするまであと10分。
おしまい。
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