ひとまず濡れたスーツを脱いで道着に着替えた。
どうやら秘書の一人が昔から猫を飼っているらしく、着替えている間に側近にテキパキと指示を出していた。
側近は文句を言いたげな顔だったが、渋々それに従っていた。
「必要なもの買ってきます」と言って秘書が部屋から出ていったときには寒さからきていた子猫の震えも止まっていて、側近が新しく出したタオルの中で気持ちよさそうに眠っていた。

「っだー!疲れたァ……」

ソファーに身体を投げ打ってだらける側近の姿に眉をひそめたが、構わず無視して書類に目を走らせる。

しばらくしてようやく仕事の目処が立ち顔を上げると、側近は先程の姿勢のまま寝息を立てていた。
どうやら相当疲れていたようで、頭に巻いていた縞模様のバンダナが床にずり落ちても気づかないほどの熟睡だった。

(……この体勢でよく眠れるな)

我が部下ながら感心する、と思っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」と声をかけるとゆっくり扉が開き、ペット用品を両腕に大量にぶら下げた秘書が「ただいま、戻りました」とよろよろと入ってきた。

「………」
「……買いすぎ、ました」
「見れば分かる」
「…………スミマセン」

荷物をゆっくりと下ろす秘書を横目に未だに止む気配のない雨を窓越しに眺めていると、側近を揺り起こす秘書の姿がガラスに反射して映っていた。
「起きてください」と揺すりようやく目を覚ました側近は大きく伸びと欠伸をした後、目の前に積まれた大量のペット用品に「お前…これは買いすぎだろ」と呆れていた。

「見てたら色々欲しくなってしまって……」
「だからってお前なぁ…まあいいや。次はどうすんだ?」
「っ!え、っと次はですね……」

睡眠をとって気力が回復したらしくやる気を出した様子の側近に少し嬉しそうな秘書。
その様子を見て知らず知らずのうちに口角が上がった。

やる必要のなかった業務も全て終えてあとは帰るだけとなった頃、部下2人はようやく諸々のセッティングを終わらせたようだった。
側近が子猫を抱き上げ、社長室の隣に常設されたシャワールームへ連れていく。
10数分後ドライヤーまで済ませて出てきた子猫は真っ白で美しく、毛並は高級な絨毯のようで見た目からして柔らかいと分かる。
そして先程まではよく見えていなかったが、目は澄んだ青と緑のオッドアイであり、宝石のようなそれに思わず見惚れてしまった。

「どうですギース様?かわいいでしょ」
「……そうだな。とても美しい」
「えっ」

素直に称賛の言葉を述べると、側近はそんな言葉が出ると思っていなかったのかぎょっとした顔をしていた。
気にせず近寄り子猫の顎を撫でると、小さいながらもゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうに目を細めていた。

「……ギース様、もしかして猫派ですか?」
「どうだろうな」

側近のどこか不満げな様子に思わず笑みがこぼれる。
プルプルと小刻みに震える側近の腕の中で、汚れが落ちて満足気な子猫はもっと撫でてと言わんばかりに甘い声で鳴いた。




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