滅却師との壮絶な戦いからしばらく経った。
瀞霊廷内の復興もだいぶ進み、ようやく各々が日常の生活を送れるようになっていった。
先の大戦で甚大な被害をだした十一番隊も、大戦前の活気や喧騒が徐々に戻りはじめていた。
隊長である更木も、修繕されて間もない自室の縁側で木洩れ日に当たりながら惰眠を貪っていた。
その大きい身体からは意外にも思える静かな寝息と、小鳥の囀りや風で擦れる葉音のみがその空間を支配していて、常人では近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
その場所に、突然一人の男が現れた。

「……」

無言の男はその無表情を一片も崩すことなく、未だに寝息を立てている更木にゆっくりと近づいた。

「…それ以上近づくと斬るぞ」
「……起きているならすぐに身を起こせばよいものを」

寝ている体勢のまま眼だけを開いて、更木は男───六番隊の隊長である朽木を睨みつけた。
睨みつけられても動じる様子のない朽木に更木は小さく息を吐き、ようやくその大きい身体を起こした。

「で、何か用か」
「……草鹿の残していった菓子が、大量に残っている」
「ふーん…で?」
「草鹿のおらぬ今、上司である兄が責任をとって処分するべきだろう」

朽木がそう言い切ると更木は小さく「そんなことかよ…」と呟き、大きく欠伸をした。

「そんなのやちるが勝手にやったことだ。俺は関係ねェよ」

勝手に処分しちまえ、と吐き捨てて、更木は再び眠る体勢に入った。

「…、更木」
「ンだよ」
「………」

呼んだものの珍しく言い淀む朽木に、「さっさと用件を言え」と背中を向けて更木はそう告げた。

「…草鹿は、兄の半身のような存在だったはずだ。それが急に居なくなって、なんとも思わぬのか?」
「………急に黙ったと思えば、そんなことかよ」
「そんなこと、とはどういう意味だ」
「別になんとも思ってねェよ。たまに現れるらしいからな」

更木の言葉に、朽木はその無表情を崩さずに内心驚愕していた。

「ならば、何故副隊長を変更した」
「言ったろ、たまにしか現れねェんだ。そんな不確かなもんいつまでも副隊長として置いておけるかよ」

もう寝るからどっか行け、と最後に告げてから、更木の口から出てくるのは寝息だけになった。

「……薄情な男だ」

一言、誰にも聞こえないであろう小さい声で呟き、背中を向けた。

『そんなことないよびゃっくん!』
「!?」

突如幼い少女の声が背後から聞こえ、朽木はその表情を僅かに崩しつつゆっくりと声のした方を振り返った。
そこに立っていたのは、見間違えようもなく朽木邸に何度も(勝手に)出入りしていた件の少女で、草鹿やちるその人であった。

「くさ、じし…?」
『えへへ、久しぶり!びゃっくん!』

可愛らしく笑顔を見せる少女に、朽木は困惑した。
聞きたいことは山ほどあるが、朽木は草鹿の身体が薄く透けているのにきづいた。

「草鹿、身体が透けて…」
『え?あ、うん。今はね、剣ちゃんが眠ってる時しか出てこれないの。それにあんまり遠くにも行けないんだー』
「……そうか」
『びゃっくんはどうしてここにいるの?』
「更木に、我が邸にある大量の菓子を処分しろと言いにきたのだ」

朽木がそう言うと、草鹿は笑顔から一転、眉根を寄せて不満げな顔を見せた。
朽木はそれを見るも気にせず話を続けた。

「更木は処分方法は任せると言っていた」
『えーー!?もう!剣ちゃんのばか!』
「…そうだ、菓子は此処に送るとしよう。どう処分するかは私の自由、私は邸から菓子を撤去できればそれで良い」
『!!』

朽木は、よく表情が変わる少女だと思った。
コロコロと笑い、かと思えば不満げに眉根を寄せ、その一瞬後にはキラキラと輝くほどの瞳を此方に向ける。
そして嬉しそうに告げるのだ。

『びゃっくん、ありがと!』
「よい。これは兄のためではなく、更木に対する嫌がらせも入っているからな」
『アハッ!びゃっくんのそういうとこ、けっこう好き!』
「……そうか」

どれくらい時間が経っただろうか。
縁側に座りしばらく会話(朽木は相槌を打っていただけだが)をしていたが、草鹿が突然背後を振り返ったかと思えばすぐ向き直って、『…眠くなってきちゃった』とどこか寂しげに呟いた。

「…眠そうには見えぬが」
『びゃっくんも帰ったほうがいいよ。剣ちゃんそろそろ起きちゃうから』
「そうか」

朽木が立ち上がると、草鹿は朽木の着物の裾を軽く引っ張った。
引っ張られた方に顔を向けると、満面の笑みを浮かべながら『また来てね!』と草鹿は告げて手を離した。
朽木は表情を変えないまま桃色の髪を優しく一撫ですると、瞬歩を使って一瞬のうちにその場から姿を消した。
その数秒後、更木がのそりと身体を起こした。

「……この野郎、またか」

はぁ、と息を吐いて頬杖をつく。
部屋に残る気配は朽木のものと、あと一つ。
暖かく心地よい懐かしさと、僅かばかり感じる寂寥感。
今では己の内に眠っている少女のものだ。
更木はそれを誤魔化すように小さく舌打ちをした。

(また俺が寝てる間に出てきたな……)

おそらくはつい数分前まで朽木と会話でもしていたのだろう。
更木は乱暴な仕草で頭を掻くと勢いよく立ち上がり、脇に置いていた斬魄刀を手に取った。

「朽木の奴に変なこと言ってねェだろうな…」

そう独りごちて斬魄刀の柄部分をわざと壁にぶつけると、まるで意思を持つかのように鞘部分がふくらはぎに当たった。

(嫌な予感しかしねェな)


更木の感じた予感が的中するのは、彼がそんなことを考えたのも忘れかけた数日後のことである。



おしまい。



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