年に一度、十一番隊全体が異様な雰囲気になる日がある。
その日だけはどの隊士も隊舎内で喧嘩することもなく、真面目に仕事をこなす姿があちらこちらで見られる。
隊士たちが自ら仕事に励むその姿は他隊では普通のことなのだが、血眼になって書類と格闘するその異様な姿はその日の風物詩となっていた。

本日は、霜月の十九日。
泣く子も黙る十一番隊隊長、更木剣八の誕生日である。


「やっぱり今年もすごいねぇ」
「ええ。…毎日してくださるといいんですが」
「ま、出さないよりはマシでしょ」
「本気で仰ってます?」

はぁ…と一番隊副隊長の伊勢七緒がため息をつき、総隊長の京楽春水がそれに苦笑する。
京楽の机には十一番隊から届けられた提出書類が積み上がっていた。

「やればできるのにねぇ」
「それが隊風といえば聞こえはいいですが、溜め込まれた書類を一気に持ち込まれるとこちらも困ります。今後は指導が必要ですね」
「…お手柔らかにね」
「善処します。それより隊長、向こうに行くならこの書類を片付けてからにしてくださいね」
「………ハハ」

伊勢の言葉に京楽は乾いた笑いしか出なかった。


隊士皆が仕事に励む頃、祝われる側の更木剣八その人は惰眠を貪っていた。
戦闘特化の十一番隊で隊長を務める彼の寝込みを襲う輩なんて滅多にいないので邸宅の鍵は常に開いている。
寝所の向かいにある縁側に至っては、閉め切ると暑いという理由で開け放たれていることもあった。
そのため時折野良猫やらが入り込んで更木の足元で寝ていることもしばしば。
終業の時刻が差し迫った夕暮れ時、恒例である武道場の宴の準備も終わったので副隊長の一角が更木を呼びに訪れると、本日も腹に猫を乗せて暖をとりながら眠っていた。

「……たーいちょー。起きてくださーい」

枕元にしゃがんでとりあえず声をかけてみたが反応はない。
猫が僅かに耳を動かした程度だった。
一角はため息をつきつつ、揺り起こそうと手を伸ばした時、ガシャン!と大きな音がして肩が跳ねた。

「っ………くりしたー……なんだ、隊長の斬魄刀が倒れたのか……」
「なにか用か」
「うおっ!!?」

一角が更木の斬魄刀を直そうと立ち上がったと同時に持ち主が目を覚まし一角の肩はまた跳ねた。

「驚かさんでくださいよ…あー、心臓止まるかと思った」
「あ?」

寝起きでボサボサの髪を無造作にかきあげて欠伸をする更木に苦笑しつつ、「もう隊長だけっすよ。早く準備して武道場に来てくださいね」とだけ告げて一角は更木の腹から下りた猫と一緒に邸宅を出た。

「……めんどくせェ」

そうボヤいたあと、ふと立てかけてあった己の斬魄刀に目を向けた。

「…一角のやつビビってたぞ。いい加減やめてやれ」
『えへへ。だってつるりん面白いんだもん』

更木が斬魄刀に話しかけると、どこからか幼い少女の声が聞こえた。
身支度を整えながらも少女との会話は続く。

『ねぇ剣ちゃん』
「なんだ」
『あたしも連れてって』
「行っても飯食えねェぞ」
『剣ちゃんが行くならあたしも行くのはとーぜんでしょ?』
「……大人しくしてろよ」
『わーい!』

少女の説得を諦めた更木は、いつの間にか消えた少女を意に介さず己の斬魄刀を腰に差した。


「「「「「「「「更木隊長!!!お誕生日おめでとうございます!!!!!」」」」」」」」
「おう」

更木は武道場に到着後すぐに上座へ案内され、隊士たちから一斉に祝いの言葉をもらった。
それに軽く返事をしてその場に座り、腰に差していた斬魄刀を自身の背後に置いた。
それを合図に隊士たちは続々とプレゼントを更木に手渡していく。
それは酒だったり酒だったり酒だったり…つまりは殆どが酒だった。

「…今年も見事に全部酒だな」
「まあ想像はしてたけどね」
「捻りがないっつーかなんつーか…」

一角とその相棒の弓親が更木の隣でボソボソとそんな会話をしていると、ガラガラと武道場の扉が開いた。

「遅くなりましたっ!お誕生日おめでとうございます!」
「よー阿散井。お疲れさん」
「遅かったね」
「必死で仕事片付けてきたんすよ!あ、更木隊長これ!プレゼントっす!」
「おう。…なんだこれ」

現れたのは六番隊副隊長の阿散井恋次であった。
阿散井が渡したプレゼントは酒…ではなく、現世で見つけて衝動買いしてしまったというたい焼き型のクッション(低反発)だった。
「すげー気持ちいいんで、更木隊長にもお裾分けっす!」とのことらしい。
更木は、阿散井から受け取ったプレゼントを自身の背後に置いていた斬魄刀の下に敷いた。
阿散井はそそくさと一角の隣に座り、近くにあった酒瓶を手に取って目の前に置かれた盃になみなみと酒を注いでいた。

その後も色んな人物が訪れ、京楽が来た頃にはまともに座っているのが更木・一角・弓親の三人だけとなっていた(阿散井は早々にダウンした)。

「これは……毎年のことながらすごいねぇ」
「あ、総隊長。ども」
「お疲れ様です」
「よう」

空の酒瓶(恐らく隊士たちのプレゼント)が更木の周りに何本も転がっているが、当の本人は顔色ひとつ変わらない。
すごいねぇ、と小さく呟いた京楽は小さい包みを取り出した。

「はい、僕からのプレゼント」
「酒だな」
「当たり〜。僕のおすすめだから美味しいよ」

君たちにも、と京楽は一角と弓親にも綺麗に包装された酒を手渡した。

「あ、ありがとうございます」
「これ、高いお酒なんじゃ」
「いいのいいの。お祝いだし」

京楽は更木の隣に座り、自身が持っていた酒を豪快に仰いだ。
しばらくは四人で飲み交わしていたが、日付けがもうすぐ変わろうとした頃一角と弓親は「そろそろ帰りますね」と隊長二人に挨拶をしてその場を後にした。

「じゃあ僕もそろそろお暇しようかな」
「来たばっかりじゃねぇか」
「明日も仕事でね。寝坊すると七緒ちゃんに怒られちゃうから…」
「…相変わらずだな」

じゃあね、ヒラヒラと手を振って京楽はその場を後にした。

更木は死屍累々の残った武道場で一人盃を傾ける。
おもむろに己の斬魄刀をコツンと叩くと、眠そうな顔の少女が現れた。

『楽しかった?』
「まあまあだな」
『れんれんのくれたこれ気持ちくて寝ちゃってた』
「そうか。悪かったな」
『お菓子は?』
「あるわけねェだろ」

途端にぶすくれた顔になった少女の頭を乱暴に撫で、たい焼き型のクッションと斬魄刀を持って立ち上がった。
少女は手馴れた様子で更木の肩にしがみつき、二人は武道場を後にした。

更木が出ていったあと、寝ていた阿散井がゆっくりと起き上がった。

「………更木隊長、誰と会話してたんだ…?」

その呟きは本人にも周りの誰にも届くことなく消えていった。



おしまい。



更木隊長*+.Happy Birthday.+*





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