何処が好きかと聞かれたら、私は即答で手と答える。
刀しか握ったことがないとでもいう風な手。
ゴツゴツとして骨ばった手。
細かい傷が沢山ついている手。
長い指、カサカサ、大きな手。
高い身長のせいで撫でられることが少なかった私の頭に、彼はいとも容易く手を乗せる。
いつも血に塗れた手。
その手が恐る恐る乗せられて、長い指がゆっくりと髪を梳く。
傷つけないようにしてくれているのだろうか、そう考えるだけで胸の奥があたたかくなる。


同時に切なく胸が痛んだ。
あの幼子の頭もこんな風に撫でていたのだろうか、優しく髪を梳いて、きっと自分にするよりも優しく撫でていたのだろう。
こんなものは醜い嫉妬だ。
幼子と彼は私が想像もできないくらい深いところで繋がっている。
私が介入できる筈も、太刀打ち出来るはずもない。
隣で健やかな寝息を立てる彼を見つめる。


顔の左側に走る傷をゆっくりとなぞる。
この傷をつけた人を、彼はずっと追い求めていた。
その人もまた彼をひたすら待ち続け、終に本来の力を取り戻した彼はその人の胸を刀で貫いた。
その光景を想像して、治まっていた嫉妬の波がドッと押し寄せる。
なんと美しくて哀しい恋なのか、と。
彼らは互いに恋をしていて、剣を交えたその瞬間から情を交わすように愛し合っていたのだろう。
戦いの中でしか生きられない彼はきっとあの戦いこそが至福であり、今私と居るこの時間は暇つぶし以外の何者でもないんだろう。
彼の心に今も居座る二人の女性を感じて、堪らず眠る彼の首に手を回し、僅かに開いた薄い唇に噛みついた。
初めて触れた時、想像よりも柔らかいと感じた唇に僅かに血が滲む。

舐めとると鉄の味が口の中に広がった。
これは彼の味だ。
傷つき、血に塗れ、戦いの中でしか生きられない不器用な彼の味なのだ。
そう考えるだけで胸が熱くなる。

私はこんな女だっただろうか。
嫉妬に狂って、愛する人に噛み付いて。
この人の特別になど、なれはしないのに。
彼の首筋、着物で隠れるか隠れないかギリギリの辺りに強く跡を残して、自分が涙を流していることに気づいた。
彼の胸に顔を押しつけて、自分のした事の浅ましさを恥じた。

「……どうした」

突然聞こえた声に思わず顔を上げた。

「…ぁ、っ…い、え…なんでも、ない…です」

涙に濡れた私の目を見つめてくる彼にいたたまれなくなり、これ以上見られたくなくて再び彼の胸に顔を押し付けた。

「…なんでもねェこたァねぇだろ」

ため息まじりに言った彼は、無理やり私の顔を上げて未だ零れる涙を舐めとった。
ザラッとした舌の感触にゾワリと背筋が浮き立つ。

「ッ、ン…」
「何をウダウダ悩んでんのか知らねェが、泣くなら俺の下でだけ鳴いとけ」

ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた彼は、組み敷かれて固まった私の首元に鋭い犬歯を立てた。

おしまい



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