浮竹は子どもが好きだった。
元気で明るくて、そこらを駆け回る姿を見るとこちらも元気が湧いてくる気がするからだ。
志波海燕が生きていた頃は、よく子どもの話をした。

「二人の子はきっといい子なんだろうな」
「まだ子供の話は早いっすよ隊長…」

はは、と笑う浮竹に呆れる海燕というのが常だった。
それが変わったのは、朽木ルキアが十三番隊に配属された頃だっただろうか。
浮竹のもしもの話に付き合うようになり、いつしか海燕自身もまだ見ぬ子の将来を夢見ていた。

「いつか子どもができたら、隊長が名付け親になってくださいね」

そう言って笑った数日後、彼の妻が虚に殺されるなど誰が思うだろうか。
そしてその後すぐ、海燕もまたこの世を去った。
あまりに唐突で、最初の頃は隊員の誰もがその死を受け入れることが出来なかった。
受け入れていたのは、虚に取り込まれた海燕に止めを刺した朽木ルキアと、その場で死を見届けた浮竹のみだった。


「っ、ゲホッ、ゴホッ!…は、…」

目を覚ますと発作に襲われ、そばに置いてあった盆に血を吐いた。
昔よりも発作の感覚が短くなっているのを、浮竹は分かっていた。
盆のそばに綺麗に畳まれた手拭いで口元を拭うと、枕元に置いてある水で喉を潤した。
どうやら外は雨が降っているようだ。
雨の当たる音とひんやりと冷たい風が御簾の隙間から入り込んできて、汗をかいた身体には心地よい。

「うっきー大丈夫?」
「!!?」

唐突に聞こえた幼い声に浮竹は声も出せないほど驚いた。

「く、草鹿!声をかけずに入るなといつも言ってるだろう!」
「えへへ、ごめんなさい!」
「全くもう…」

草鹿の不法侵入はこれが初めてではなかった。
驚かせるのが当初の目的だったが、たまたま訪れていた卯ノ花に『これ以上驚かせてしまうと浮竹隊長が本当に死んでしまいますよ』と言われ、それ以降はきちんと声をかけて入ってくるようになっていた。

「今日は何の用だ?」
「えっとね、剣ちゃんとかくれんぼしてるの!」
「かくれんぼ?」
「うん!」

だから隠して!と布団に潜り込もうとした草鹿を浮竹は慌てて止めた。

「や、やめなさい!女の子がそんなとこ入るもんじゃない!」
「えー、剣ちゃんとはいつもこーやって寝てるよ?」
「更木はいいんだよ。草鹿にとって更木は家族のようなものだろう?」
「うん!剣ちゃん大好き!」

にっこりと満面の笑みを浮かべる草鹿につられて浮竹も笑顔になる。
やはり子どもは元気で明るくて、そして眩しい。

「うっきーは?」
「ん?」
「うっきーは寝るとき一人なの?」
「大人は大体一人で寝ると思うが…恋人や家族がいるならまだしも、俺は独身だしなぁ」
「じゃああたし今だけうっきーの家族!」
「え?うわっ!」

再び布団の中へ潜り込んできた草鹿を再び止めようと足掻くが、今度は「今はうっきーの家族だから一緒に寝ていいの!」と言われて何も言えなくなってしまった。

「えへへ、うっきーひんやりしてるー」
「草鹿はあったかいなぁ。…なんか、眠く…なってきた……」
「あたしもー………おやすみうっきー」
「あぁ、……おやすみ……」

観念した浮竹に猫のように擦り寄った草鹿は当初楽しそうにきゃっきゃと笑っていたが、やがて寝息へ変わっていった。
子供特有の体温の高さと誰かが側にいるという安心感なのか、浮竹の瞼はとても重くなっていき、ついに逆らえずに意識を手放した。



「あ、剣ちゃん」

草鹿の呟いた声で浮竹は意識を取り戻した。
もぞもぞと腕の中から抜けようと動いている。
未だ働かない頭を無理やり働かせてゆっくりと上半身を起こす。

「迎えがきたか…?」
「うん!ありがとうっきー!」
「こちらこそ。更木によろしくな」
「はーい!」

元気よく返事を返した草鹿は勢いよく雨乾堂から飛び出していった。
遠くで明るい声が聞こえる。

(更木はいつも草鹿と一緒にいるから元気なんだろうか…?)

そんなくだらないことを考えつつ、浮竹は再び具合の悪くなってきた身体を布団に沈めた。
そういえば、と浮竹はふと昔を思い出していた。

『隊長が完全に元気になったら、俺の子ども連れて遠足にでも行きましょう』

ね、と笑った海燕の顔は、ああ、記憶の中ですらこんなにも眩しい。

(確か、あの時俺は)
『そうだな。俺の病が治ったら行こう』

そう言って、笑い返した気がする。

「果たせない約束をするなんて、酷い男だ」

浮竹は独り呟いた。

(病が不治だと知っていながら果たせない約束をした俺は、大嘘つきだな)
「馬鹿、だなぁ……、っ」

雨はいつの間にか止んでいたが、浮竹の双眸からは静かに雫が流れ、枕をしとしとと濡らしていた。



おしまい。



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