隊首会が終わってのんびりと帰路についていると、後ろで小さい悲鳴が聞こえた。
振り向くと就任したばかりの四番隊隊長が蹲っている。

「どうかしたか」

とりあえず声をかけると一瞬驚いた顔をされたが、すぐに「だ、大丈夫ですっ!」と引き攣り気味だが笑顔を浮かべた。

「躓いてちょっと足を捻っただけで…すぐ治せますから!大丈夫です!」
「そんな冷や汗出しながら言われても信用できねェぞ」
「うっ…」

冷や汗に関しては自分にも原因はあるだろうが、言葉に詰まったということはそういうことなのだろう。

「立てるか」
「は、はい…多分……っ、」

そう言って立ち上がろうとした彼女だが、激痛が走ったのか痛みに顔を顰めてよろけ、倒れそうになったのを咄嗟に抱えた。

「あ、す、すみませ…、きゃっ!?」

そのまま俵抱きにして四番隊のほうへ向かうと、「下ろしてくださいっ!!」とギャーギャー騒ぎ始めた。

「歩けねェんだろうが。恥ずかしいなら寝てるふりでもしてろ」

そう言うと途端に黙り、恨めしげな視線だけを投げかけてきたが無視した。



「……少し質問してもいいでしょうか」

四番隊の隊舎が見えてきたところで唐突に投げられた問いかけに「なんだ」と返し、少し速度を緩めた。

「更木隊長は、後悔してらっしゃいますか」

何に、とは言わなかったが、合点はいく。

「別に」

短くそう答えると、「そうですか」と機械的な返事が返ってきた。

「お前ェは後悔してんのか」

その問いに少し身体を揺らし、小さく「……少しだけ」と少し沈んだ声が聞こえた。

「本心を聞いた時も、本当は…戦わないでほしい、ずっと隣で笑っていてほしい…と、そう、思って、…っ」
「……」
「で、も……、総隊長が直々にやってきた時、私は、あれ程までに嬉しそうなところを、見たことがありませんでした」
「……」
「それで、思ったんです……本当に『剣八』なんだ、と。……それなら、私が止める理由もありません。『剣八』というのは戦いの中でしか生きられない存在なんですから。それでもあの人は微笑みを絶やさなかった。その内側を想像するだけで私は……」

ぐす、と鼻を鳴らして「すみません、長々と……」と申し訳なさそうに謝った。

「彼女は貴方に斃されることを至上の悦びだと語っていました。最期はとても満ち足りた表情だったんでしょうね」

泣きそうな声で努めて明るく振る舞う虎徹の言葉に、今まで考えようともしなかった最期の瞬間が頭の中に蘇った。

「……笑ってたな、そういえば」
「っ、…そ、ですか……っ」

よかった、虎徹はあの時と同じ言葉を口にした。


四番隊の隊首室を勢いよく足で開けると(蹴破ったとも言う)、茶菓子を頬張りながら談笑していたであろう虎徹の妹と松本が唖然とした顔でこちらを見ていたがあえて無視して、備え付けられていた寝台へ虎徹をおろした。

「ありがとうございました…態々本当にすみません」

上半身を起こし深々と頭を下げる虎徹にひらひらと手を振って隊首室から出た。
扉を閉めると途端に二人が虎徹を質問攻めにする声が聞こえてきた。
このままじゃ面倒だと思っていると、日番谷がイライラしつつ何かを探している様子で通りかかったので「松本なら四番隊でサボってたぞ」と告げたら眉間皺を更に深くして瞬歩で消えたのでもう大丈夫だろう。


軽くなった肩に手をやり、空を見上げ手をかざす。

「……」

同じ名をもつ二人の女は、違う形となって自分の中に取り込まれた。
一人は刀そのものとなって、もう一人は本来の強さを取り戻すための鍵となって。

「帰って一角でもシバくか…」

のんびりと歩を進めるその後ろで、少女と女性がその背中を眺めて微笑みを浮かべていた。

おしまい。




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