十一番隊は、ある意味では一番平等な隊だといえるだろう。
何故なら全てにおいて実力主義だからだ。
老若男女や貧富を問わず、強者が弱者の上に立つ。
要するに貴族だなんだと威張りたければ強くなれ、という至極単純な隊風なのである。


阿散井恋次の娘、苺花は現在死神見習いとして十三番隊に在籍していた。
十三番隊を選んだのは母親であるルキアが隊長を勤めているから、というのもあるが、前隊長の影響で世話焼きが多いため、他の隊に比べて初心者向けだと霊術院で推していたからというのが大きい。
しかし他に同じく見習いとして在籍している同期生からはあまり宜しくない目で見られていた。
母からは「身内だろうと関係なく、むしろ他より厳しく接するからな」と在籍する際言われていたし、寧ろそのほうがやりやすくて構わない、と答えた苺花であったが、あからさまに陰口を叩かれたり、逆に「流石隊長の娘様」と嫌味たらしくゴマをする連中に毎日ほとほとうんざりしていた。

そんな日々を過ごしていたある日。
隊での業務も終わり、帰り支度をしていた苺花は死神見習いの世話係である隊士に呼び止められた。

「阿散井さん、すみません。少しいいですか?」

帰りながらでいいので渡してきてほしい、と持たされた書類には、『十一番隊行』と書かれていた。

「あ、もしかしてこれ私が持ってきた書類…すみません!違う隊のものが混じってたなんて…」
「ああ、平気ですよ。こういうことはよくあるので」

気にしないで、と柔らかく微笑む隊士に苺花は深く頭を下げ、「すぐ渡してきます!」と駆け足で隊舎を出た。

苺花は霊術院で十一番隊の噂を聞いていた。
『チンピラ崩れの寄せ集め』や『戦うことしか頭にない馬鹿』や『死神のクズ』など、酷い言われようだったのを覚えている。
しかし父親が元十一番隊である苺花はよくその話を聞いていたのであまり悪い印象は抱かなかった(戦うことしか頭にない馬鹿というのはどうやら当たっているらしい)。
なのでなんの躊躇いもなく執務室の扉を叩いたし、出てきた男が剃髪で目つきの悪い男でも、臆することなく「そちらの書類がこちらの不備で混ざってしまっていたので届けに来ました!すみません!」と元気よく頭を下げることが出来た。

「お、おう?ありがとな?」

その謝罪に剃髪の男が逆に面食らったのか、少し吃りながらも礼を述べたので苺花はそこで漸く頭を上げた。

「あ、君もしかして見習いさん?」

そして奥のほうから綺麗な顔の男がなにかに気付いたように声をかけてきたので、苺花はこれまた元気よく「十三番隊で死神見習いとして在籍してる、阿散井苺花です!」と答えた。

「阿散井…ってこたァ恋次の親族か?」
「ほら、赤ん坊連れて随分前に来てたでしょ。その赤ん坊がこの子だよ多分」
「………あぁ!思いだした!連れてきてたなそういや。髪の色そっくりでしょ〜!ってデレデレしてやがったから思いっきりぶん殴ったの忘れてた」

へーでかくなったなー、と剃髪の男は先程までと打って変わってニカッと笑顔になった。

「入りなよ。書類を持ってきてくれたお礼にお茶でも入れよう」
「え…え!?い、いいですいいです!書類が混ざってたのも元は私が悪くて…!」
「まぁまぁ遠慮すんなって。さー入った入った」
「えっ、ちょ、ええっ!?」

二人に促され、苺花は半ば無理やり執務室へと引きずりこまれてしまった。


「へぇ〜、死神見習いってのも大変だなぁ」
「特に私は母が隊長なので余計に大変なんです…。毎日嫌味と陰口とゴマすりばっかりで…」
「それは美しくないね。陰口を言う暇があるなら腕を磨けばいいのに」
「弓親さんいい事言いますね!ほんとその通りだと思います!」
「ハハ、随分と鬱憤溜まってんだな」

苺花はこれでもかというほど馴染んでいた。
お茶と一緒に出てきた煎餅に齧り付きながら、死神見習い中誰にも言えなかった愚痴を二人には赤裸々にぶちまけていた。

「ストレス発散したくなったらうちに来るといいよ。手合わせしたら少しは晴れるんじゃない?」
「いいんですか?そんな…隊長さんの許可とか必要なんじゃ」
「隊長はこういうことに頓着しねェから大丈夫だ。なんなら直々に俺が稽古つけてやるよ」
「ホントですか!やったー!」

心の底から嬉しそうにガッツポーズをした苺花の様子に弓親と一角は顔を見合わせたあと、同時に笑った。

十一番隊の執務室を出るとすっかり日が暮れてしまっていた。
苺花の家は六番隊隊舎内にあるため、家に着く頃には真っ暗になるだろう。

「女の子一人だと危ないから」

入口まで送っていくよ、と有無を言わさぬ笑顔で弓親にそう言われて、苺花は頷くことしかできなかった。


十一番隊の隊舎内を苺花は物珍しそうにキョロキョロと見回しながら歩いていた。

「余所見してると危ないよ」
「あ、すみません!」

いつの間にか距離が離れていた弓親に声をかけられ、駆け寄った。

「なにか気になるものでもあった?」

弓親が尋ねると、苺花は少し言葉を選ぶように「あー、えーっと…」とウンウン唸り始めた。

「子ども用の遊具をチラホラ見かけるんですけど、隊士のどなたかが連れてきたりするのかなーって思って」

あれ全部手作りですよね?という苺花の言葉に、「あぁ、そうか。君は知らなかったっけ」と弓親は苦笑した。

「あれを作ったのは全部一角なんだ」
「へぇ……って、え?一角さんが?すご……」
「すごい勢いで強請られてね。ぶつくさ文句言いながら作ってたよ」

クスクスと笑う弓親を綺麗だと思いつつ苺花はさらに続けた。

「誰が強請ったんですか?隊士のどなたか、とかですか?」
「一角に強請るくらいなら自分で作るよ、うちの連中は。見た目は悪いけど修理とか物作りは得意なやつが多いんだ」
「えー…じゃあ誰だろ」

うーん…と苺花が難しい顔で考えているうちに、いつの間にか十一番隊隊舎の入口に着いてしまった。

「残念、時間切れだ。恋次にはさっき連絡したからもう着いてる頃…ほらいた」

弓親が指差した先には見慣れた紅髪の青年が壁に寄りかかって立っていた。

「答え教えてくれないんですか?」
「君のお父さんに聞いてみなよ。答えは知ってるだろうし、面白い話も聞けると思うよ」

じゃあまたね、と弓親は優しく苺花の頭を撫でて、青年の肩を叩いた。

「またね!弓親さん!あの約束は絶対だからって一角さんに言っててください!」

片手は父親と繋ぎ、もう片方の手をブンブンと大きく振って大声でそう言って笑顔を見せた苺花に、弓親も「任せておいて」と手を振り返した。


その夜、阿散井家にて。
そろそろ卒業も近いということで、苺花に配属希望の隊はあるかと恋次は尋ねた。
すると即答で「ある!」と答えたので、きっと今見習いとして配属されている十三番隊だろうと思いつつ「どこの隊がいいんだ?」と尋ねた。

「十一番隊がいい!」
「ブッ!!」

苺花がそう答えた途端、恋次は飲んだばかりのお茶を勢いよく吐き出した。

「父様汚い!」
「ゲホッ、ゴホ、やべ、気管に入った…っ、ゲホッ」

辛うじて水を飲み落ち着いた恋次は、未だ顰めっ面をしている苺花に漸く向き直った。

「なんで十一番隊なんだ?」
「強くなりたいから!」
「でもあそこは女性死神が極端に少ないから危ねぇぞ?」
「強さ重視の実力主義だから、女の子でも強かったら誰も逆らわないって言ってたもん!」
「誰が」
「弓親さんが!」
「………あの人は全く」

恋次は頭を抱えた。
十一番隊は確かにそういう節がある。
誰であろうと強ければ文句は言わない。
それが例え幼い少女であろうとも。
そうだ、と恋次はふと思い出した。
戦闘時、どんどん膨れ上がる隊長の霊圧を浴びて平隊員や下位の席官が膝を折る中、齢十にも満たない(ように見える)薄紅髪の少女は平然とその背中に乗って笑っていた。
あの姿を見てから自分は彼女に逆らわなくなったな、と思い出しながら小さく笑うと、「父様、何をニヤニヤしてるの?」と訝しげな目でこちらを見つめる苺花と目が合った。

「いや、なんでもねぇよ。ちょっと昔のこと思いだしただけだ」
「ふぅん……あ、そうだ。弓親さんに聞いても教えてくれなかったから父様に教えてほしいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「十一番隊の隊舎内ってなんで所々に子ども用の遊具があるのかなって」

父様に聞けば分かるって言ってたんだけど、と苺花はその母譲りの大きい目を恋次に向けた。

「あぁ…あれはな、前の副隊長が一角さんに作らせたやつなんだ」

俺も手伝わされた、と懐かしそうに恋次は目を閉じた。

「前の副隊長は子どもがいたの?」
「違うな。前の副隊長が子どもだったんだ」
「えっ」
「見た目と違ってめちゃくちゃ強かったんだぜ。鬼事じゃ十一番隊の連中は追いつけねぇし、腕っ節もたつし。正直今の俺でも勝てるかどうか…」

懐かしいなー、と笑う恋次に「今はいないの?」と苺花は問いかけた。

「……死んじゃったの?」

少しうつむきがちになり恋次の着流しをギュッと握って小さく尋ねた苺花の頭をポンポンと優しく撫でて、「死んでねぇよ」とこれまた優しい声色で告げた。

「普段はどこにいるか分からないんだが、たまにひょっこり出てくるんだ」
「どこに行っちゃったの?」
「さぁ……更木隊長なら知ってるかもな」
「そっか…でも死んでないならよかった!私も会えるかな?」
「そうだな。会えるかもしれねぇ」
「会いたいなー!」

ふんす、と鼻息を荒くして気合を入れる苺花に、恋次は(余計行く気満々になっちまった)と少し落ち込むが、元々所属していた身としては嬉しいので複雑な気分である。
一角や弓親のことをやけに親しげに話していたのが少し気にかかったが、あの二人は割と良識派なのでまあいいか、と投げやり気味になった恋次はもう考えるのをやめた。


それから苺花は月一で十一番隊を訪れるようになった。
最初は舐めていた隊士たちも、一角との稽古を見ているうちにその実力が分かってきたのだろう、苺花が訪れた際に挨拶をするようになった。
それから月一だった稽古は月二となり、週一となり……いつの間にか職務後毎日来るようになっていた。

「もうすぐ見習いも終わりだね」

稽古後、弓親が声をかけた。
死神見習いとしての期間は明後日までに迫り、霊術院に戻ってからは卒業まで試験勉強が始まるのである。

「弓親さん」
「どこの隊にするか決めたの?」
「はい!」

苺花はニコリと笑い、「十一番隊にします!」と元気よく告げた。
その言葉に弓親は目を丸くし、近くで聞いていた一角は一瞬ポカンとしたあとゲラゲラと大爆笑した。

「ほ、本気かい?」
「もちろんです!」
「おーおー、いいじゃねぇか。恋次より鍛えがいあるし俺は大歓迎だぜ?」
「ホントですか!」
「ちょっと一角…全くもう。まあ僕もむさ苦しい顔には飽きてきたからいいんだけどさ」

君の母親のお兄さんがなんて言うか…、と弓親は心配そうに呟いた。

「まあ気にしたら負けだろ。嫌々より希望したとこが一番いいに決まってらァ」
「そーですよ!こればっかりは白哉叔父様にも文句言わせませんから!」

ぐっと拳を握りしめ強い意思を見せる苺花に、「父親より強くなりそうだね」と弓親は苦笑混じりで笑った。


卒業後、苺花はその年十一番隊に配属された唯一の女性隊士として少し有名になった。
そして入隊式その日に行われた記念試合で苺花は見事優勝を果たし、入隊初日で即席官入りするという快挙を遂げたのであった。

ちなみに優勝した者は隊長と手合わせできるということで例に漏れず苺花も手合わせを願い出たのだが、見に来ていた父が『それだけは頼むからやめてくれ!!頼むから!!!』と号泣しながら一角に迫ったため、やむなく中止になってしまった。
それから苺花は(父親に対してだけ)反抗期に突入したという。


終わり!



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