十一番隊は他隊と違い専用の食堂がある。
その理由は簡単、他隊の連中と肩がぶつかっただけでいざこざが起き、最後には乱闘騒ぎになるからである。
それは今の代に限ったことではなく、十一番隊独特の気質のせいなのだろう。
専用食堂は何代か前の剣八によって作られたらしく、至る所に破損箇所が見受けられる。
専属の料理人などは居らず、料理に覚えのある隊士の何人かが交代制で十一番隊隊士全員分の食事を作っていた。
同隊三席の斑目一角はよくこの専用食堂を利用している。
入隊当初は相棒の弓親に一緒に行こうと誘ったのだが、いざ入ろうとした途端『入るだけで着物が汚れる』と、十一番隊には珍しい眉目秀麗な顔をこれでもかと歪めて拒否したため、それ以降は誘っていない。
一角がこの食堂を利用するのは隊舎に近いからというのもあるが、一番はなにより出てくる料理のボリュームだ。
まさに男料理と呼ぶに相応しく、質より量で勝負している。
もちろん味も良く、一角には好ましい味付けだ。
討伐任務や激しい稽古のあとは特に箸が止まらない。
その日の一角もやはり流魂街へ遠征した帰り、素早く報告を済ませて食堂に寄った。
食欲をそそる匂いが空腹に染み渡る。
料理担当の隊士から「今日は遠征お疲れ様でした。唐揚げ多めにしておきましたよ」と声をかけられ短く礼を述べた一角は、料理の載った盆を持っていつも座る入口にほど近い席へ腰掛けた。
そして常備されている箸をとり礼儀正しく「いただきます」と手を合わせ、いざ盛りに盛られた唐揚げに箸をつけようとしたまさにその時。
感じ慣れた重い霊圧が近づいて来ていることに一角は気がついた。
中にいた隊士達に一瞬で緊張が走る。
一角は名残惜しそうに持っていた箸を置き、その霊圧を発する人のもとへ向かった。

「隊長!」

件の人物…更木剣八は食堂の入口付近に立っており、何をするでもなくただ建物についた古い傷跡をなぞっていた。

「あ?どうした。なんかあったか」

一角の呼びかけに剣八は不思議そうな顔を向けた。

「どうした、じゃありませんよ……いい加減自分の影響力考えてくださいって。中の連中が一気に緊張しちゃったんですから」
「知るか」

心外だ、とでもいうように鼻を鳴らした剣八に頭を抱えつつ、一角はふと疑問に思った。

「隊長は腹減ってないんですか?」

遠征の際最も動いていたのは隊長の剣八本人だが、そういえば一角は遠征後にこの食堂はおろか共用食堂に剣八が出入りしているところをあまり見かけない。

「剣ちゃんはつまみ食いしてたもんねー♪」
「つまみ食い?」

剣八の背後から飛び出してきたやちるの言葉に、一角はますます疑問が深まる。

「その辺に生えてるキノコとか食べてたよ!」
「なるほど、キノコを…キノコ!?」

なんつーもん食べてるんですか!という突っ込みを辛うじて飲み込んだ一角は、ゴホンと咳払いをした。

「でもキノコだけじゃあ腹は膨れないでしょ?」
「まあな」
「シカとか、イノシシとか、ヘビにカエルも食べたっけ?」
「ちょっと待て後半おかしくねぇか!?」

やちるが述べた生き物の名前に一角は我慢しきれずとうとう突っ込んだ。
不思議そうな顔を浮かべる上司二人に思わず眉間を抑える。

「全部火は通したから大丈夫だもんっ!」
「そういう問題じゃねぇ!!」

見当違いのことを言うやちるに、一角はもう突っ込みを我慢することをやめた。


とりあえず中に入りましょう、と一角が促すと、遠慮なくズカズカと入っていった剣八に対して、その背中から飛び降りたやちるは『らんらんのとこ行ってくる!』と一瞬で見えなくなってしまった。

「あー…冷めてる…」

出来たてホカホカだった唐揚げはすっかり冷めてしまっていた。
それでも美味いものは美味いので、一角はようやく飯にありつくことができた。

「隊長も食べます?」

唐揚げの乗った皿を剣八の方に寄せるが「いらん」とバッサリ断られてしまった。

「それにしても遠征中そんなに食べてたんスね…意外でした」

数分後。
ごちそうさま、と一角は手を合わせて箸を置き、食事と一緒に持ってきていたお茶を飲み干した。
一連の流れを何の気なしに眺めていた剣八は、投げかけられた言葉に「そうか?」と不思議そうに返した。

「隊長になる前もそんな生活だったんすか?」

死神の素質があるということは腹が空くということで、流魂街出身の一角と弓親も当時は食料探しに苦労していた。
食べられそうなものは虫も食べたし、喉を潤すものなら泥水も啜ったことがある。
一角に限らず、流魂街出身の死神は余程いい地区でない限りまともな食事にありつけることはほぼない。
そして流魂街の中で最も治安の悪い八十地区の住人だった剣八も、おそらく同じような暮らしぶりだったのだろうと一角は考えていた。

「まあそうだな」

その答えもやはり予想していた通りで、一角は「やっぱそうですよねぇ」と一人納得していた。

「俺がいたところよりは肥えてるヤツが多かったけどな」
「あー…成程」

一角は遠征中に森の中で見かけた獣を何匹か思い出していた。
確かにふっくらまるまるとしていたような気がする。
他隊よりも圧倒的に流魂街の下位地区出身者が多い十一番隊はサバイバル精神が自然と身についているからか、遠征先でついでというふうに狩猟をする隊士も多い。
狩ってきた獲物を持ち帰りこの食堂で料理するということも多かった。
そして食えるものは何でも食べる、の信念(?)も相まって好き嫌いを訴える者も少ない。
そこまで考えて一角は再び口を開いた。

「隊長って納豆嫌いですよね」
「あ?ああ。それがどうした」
「でもそれって別に味とか匂いが嫌いって訳じゃないですよね」
「糸が切れねェのが苛つくだけだ。それがなきゃ普通に食う」

剣八も同様に好き嫌いはない。
だが納豆を出すと(無意識なのだろうが)霊圧が鋭く重くなり平隊士が被害にあうので出さないようにしているだけだ。
やちる辺りが無理やり口に突っ込めば、恐らく怒りはするだろうが吐き出すことはないだろう。

「これは流石に無理だった、って食べ物あったんすか」

平隊士の中にも、食べられなくはないがこれは苦手だ、という者はいる。
もしかしたら、と半ば興味本位で一角は尋ねた。

「………石?」
「石……石!?」

出てきた答えに一角は思わず剣八を二度見した。

「いや、いやいや!隊長!石は食べ物じゃないっすよ!」
「うるせェ分かってんだよンなこたァ。あの頃はなんでもいいからその辺に落ちてたもん片っ端から食ってたんだよ。白くて丸いから餅だと思って口ん中入れたら石だっただけだ」

何でもないように話す剣八に、一角はやはりこの人は次元が違うと冷や汗をかいた。

「……今それやらないでくださいよ?」
「やるわけねェだろ」

馬鹿か、と一角の頭を強めに叩いたあと、剣八は立ち上がり「やちる迎えにいってくる」と食堂を出ていってしまった。
剣八の背中が完全に見えなくなってから、ようやく一角は立ち上がった。
軽く伸びをして「よし」と呟くと、食器の返却所へ盆を返しに行った。



食堂に入った頃は八つ時から少しすぎた頃でまだ明るかったが、外を出ると建物も橙に染まり、空にも夜の色が混じり始めていた。

「食べすぎたな…」

膨れた腹を軽く擦りながら、一角は自宅へ帰るためのんびりと歩を進めていた。

「一角」
「んぁ?弓親か」

声をかけられ振り返ると見慣れた相棒が立っていた。

「俺もいますよ一角さん!」

その後ろには紅髪を上で結わえた元後輩の阿散井恋次も立っていた。

「おーおー、相変わらず元気そうだな恋次」
「うす!一角さんも元気そうでなによりっす!」

六番隊に異動しても時折こうやって遊びに来る恋次は、一角より立場上上司になったとはいえ、やはり可愛い後輩に変わりなかった。

「さっきそこで会ったんだ。久しぶりだから飲みに行こうって話になってね」

君もどう?と誘われてしまえば一角に行かないという選択肢はなかった。

馴染みの居酒屋に入って暫く飲んだ後、一角はふと剣八とのやり取りを思いだした。

「そういや、恋次はなんか食べ物で嫌いなもんとかあんのか?」

杯を傾けながら恋次に問いかける。

「嫌いなもん?……あー、辛いものは苦手っすね。食えないことはないんですけど、こう…舌がピリピリするのが苦手というか」

舌を出して顰め面をする恋次を見て一角はゲラゲラと声を出して笑った。

「死神になる前はどうよ?」
「死神になる前?そうだな……好きなものとか嫌いなものとか、そういうの考えたことなかったっすね」

生きるのに必死でしたから、と笑いながら答えた恋次に「僕らもそうだったよ」と弓親も笑みを浮かべた。

「なんでそんなこと聞いたんすか?」
「隊長とそういう話になってよー。そういや俺の頃はどうだったかって思い出してな」
「へぇ…更木隊長はどんな生活してたんですかね?」

恋次からの問いかけに、一角は「俺らとそんなに変わらなかったぞ」と言いつつ先程の剣八とのやりとりを掻い摘んで話すことにした。

「……ってわけだ。石ってのは俺も予想外だった」
「更木隊長……さ、さすがっすね……」

一角の話に、恋次は酒を飲むのも忘れて聞き入っていた。
二人の様子を見ながら黙って飲んでいた弓親は、一角の話を聞いていて僅かに疑問を抱いた。

「隊長、落ちてるもの片っ端から食べてたって言ってたけど」
「お?おお、言ってた言ってた。多分副隊長の拾い食いは隊長の影響だろ」
「それは否定できないね…じゃなくて、何を食べてたかって聞いたの?」
「それは聞いてねぇな。大方木の実かなんかじゃねぇの?」
「あれだけの体躯なのにそんな小さいものだけで空腹が紛れるとは思えない」

僕らでも無理だよ、と言って弓親は杯に残った酒を飲み干した。

「ならやっぱり肉……動物の死体とか、ですかね?」
「それならいいけどね…」

恋次の言葉に、弓親はため息をついた。
そんな弓親の様子を見て一角と恋次は訳が分からないという風に首を傾げていた。

「隊長がいた場所を考えてみなよ。隊長はどこにいた?」
「どこって…」
「更木…ですよね?」
「そう、更木だ。草木も生えない、だから生きた動物なんていない、そこかしこは死体の山、川の水も土も血にまみれてるから魚もいないだろうし実がなる木なんて生えてないだろうね。そんな土地で『その辺に落ちてるもの』っていったら、」

弓親はそこで口を閉ざし、目の前に置いてあった徳利に手を伸ばして中に残っていた酒をそのまま飲み干した。
そして二人に目を向けると、先程までの熱いテンションはどこへやら、二人は顔面蒼白になって固まっていた。

「……あくまでも僕の想像でしかないけどね」

弓親はそう言って立ち上がり「僕は先に帰るよ。じゃあね二人とも」と二人を置いて颯爽と去っていった。

「……更木隊長だったら、有り得そうで……一角さん、なんか俺気持ち悪くなってきました……ウプッ」
「お、俺もだ恋次……恨むぜ弓親ァ……ウグッ」

一角と恋次もその後何とか店の外に出たはいいものの、飲みすぎたせいか話のせいかすぐにへたり込んでしまい、暫く立ち上がることが出来なかったという。


おしまい。




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