卯ノ花は戻ってきたので更木は腰を上げた。

「じゃあそろそろ帰っていいだろ。アンタは戻ってきたんだし」

更木から投げられた言葉を、卯ノ花は「それはできません」と笑顔で斬り捨てた。

「なんでだよ」
「こちらをご覧下さい」
「あ?」
「……この書類は先程技術開発局で勇音の血液を検査してもらった結果を表しています」

卯ノ花はその手に持っていた紙束を更木に渡した。
更木はそれをパラパラと捲るが、やがて興味を失くしすぐに目を離していた。

「なんだこれ」
「………勇音は、虚数体と交戦した際、何れかの虚によって体内に特殊な毒を注入されていることが判明したのです」

卯ノ花は説明しながら虎徹の短い髪を撫で、身体中に巻かれた包帯をなぞる様に触れている。

「その毒は『ある条件に適応する霊圧でのみ浄化が可能』と涅隊長は仰っていました。つまりその霊圧が近くに無いとまた呼吸困難を起こしてしまうということです」
「へぇ……で、なんだその条件って」

更木の問いかけに、ようやく卯ノ花は視線を移した。
そしてなんとも言えないような顔をしたあと、更木を指さした。

「貴方です」
「…………………は?」
「貴方が、その条件に全て当てはまるのです」
「どんな条件だ」
「……毒を受けた本人よりも霊圧が高く、毒を受けてから長時間近くにいた異性…というのが条件です」
「なんだその条件……まあ、それが本当なら当てはまるのは俺だな」

更木は大きくため息をついた。
虎徹にトドメを刺そうとしていた巨大虚を斬った更木は、消えかけた虚の向こうで地に伏している虎徹を見つけた。
ある程度の応急処置は山田が行なっていたが、すぐにでも卯ノ花の元へ搬送しなければ危うい状況でもあった。
その様子を見た一角に「あとは雑魚だけッスよ。隊長には物足りないでしょうから、隊長は虎徹副隊長を卯ノ花隊長のところへ連れて行ってあげてください」と言われ、更木は仕方なく虎徹を肩に担いでその場を後にしたのだった。

面倒なことに巻き込まれた、と心の中で悪態をつきながら、更木は未だ続いている卯ノ花の話を黙って聞いていた。

「…勇音の生命に関わることとはいえ、日々の業務に支障がでるのは避けたいところですが…」

難しい顔で考え込む卯ノ花。
そしてそのうち良案が浮かんだようで、難しい顔から一転、いつも通りの微笑みを浮かべた。

「勇音には毒が完全に浄化されるまで十一番隊へ出張に行ってもらいましょう」
「………………………」

卯ノ花から告げられた提案に更木は言葉を失ったあと、「正気かアンタ」と返した。

「貴方に一日中居座られてしまうと、他の患者が恐縮して入れなくなってしまうのです」

これが一番よい解決策と思いますが?と威圧的な微笑みで言われてしまえば、更木はぐうの音も出ない。

「チッ…」
「総隊長には私から報告しておきます。勇音には技術開発局で2日に1度でもいいので検査を受けさせてください。それと……更木隊長」
「あ?」
「くれぐれも、勇音から離れないようにお願いしますね」
「……めんどくせぇ…」
「 お 願 い し ま す ね ? 」
「分かった分かった」

更木にしつこく念押ししたあと、早速総隊長へ報告するため卯ノ花は部屋を出ていった。
一人残された更木は未だ眠っている虎徹の寝顔をじっと見つめる。

(…厄介なことになったな)

心の中でそう独りごちてから、虎徹の首の下と膝の下に腕を入れてゆっくりと持ち上げた。
虎徹は小さく身じろぎしたあと更木の着物の襟を掴み、頭を肩に預けるような体勢で再び深い夢の世界へ潜っていった。

「……めんどくせェ…」

今日何度目か分からない呟きを小さく吐き出し、更木は自隊の隊舎へ歩みを速めるのであった。




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